#author("2022-06-28T15:02:07+00:00","","")
#author("2022-06-28T15:02:23+00:00","","")
*サイドストーリー [#t163552c]

誤字は直していません
誤字はあえて直していません

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** 橿原唯人 YUITO.KASHIHARA [#yuito]
|130|650|c
|~MEMORY.1&br();『無痛』|僕に特別なところはない。&br();兄に懸けられた期待、妹に注がれた愛情、それらを背負わずに育った。&br();&br();僕は、兄が上手く教育できなかったときのスペア。&br();ワイシャツのタグについているボタンと同じ。&br();間違いなく機能し、道を踏み外さなければいい。&br();兄が優秀だと断定されてからは、スペアとしての役目もなくなった。&br();&br();数ヶ月前、大学受験をしないことに決めた。&br();かといって就職活動という気にもなれず、履歴書の長所・短所も空欄のまま。&br();&br();こんなにも『うだつのあがらない』僕を、選んだ人がいた。&br();イサクとミライ。&br();&br();付き合い方にはルールを設けた。&br();受容できることと、できないこと。線引きをした。&br();『任務外でも会いたい』受容可。時間が許せば。&br();『リアルでも会いたい』受容不可。不必要。&br();『メシ食おうぜ』? 受容して、問題はない。&br();『あだ名で呼び合おうぜ』?? それは、イヤだ。&br();『じゃあ、コンビ名をつけようぜ』??? なぜ?&br();&br();「だってオレたち…… 相棒だろ」&br();&br();あのときイサクは『相棒』以外の単語を口にしようとして、直前で修正してきた。&br();&br();&br();他人の熱を感じるほどに、冷めていく。&br();他人の痛みを感じるほどに、麻痺していく。&br();&br();僕のために怒ったり泣いたりする人間なんて、いない。&br();そんな人間は、いないほうがよかった。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『疼痛』|誰かの存在を有り難く思うのは、誰かが不在のとき。&br();わかっていた。それが当然だという事。&br();&br();隣から口出しをされると、本気で鬱陶しい。&br();でも静まり返ったときに、物足りなさなのか、心細さなのか、もしかしたら『寂しさ』を覚える。&br();&br();これまでの僕に、不手際はなかった。&br();叱られることもなかった。&br();嫌われずに過ごした。&br();好かれなくても気に留めたことはない。&br();&br();愛憎みたいな振り切れた感情は、別世界にあるもの。&br();記憶に残らない人間。&br();心を揺らさない人間。&br();それでいい。それでいいのに。&br();&br();「リアルでもさ、会おうぜ」&br();そんなことをしたら、せっかくのセブンスコードが台無しだろ。&br();でも。&br();「会いに行くから」&br();そう言わなきゃ、そうしたいと思った。&br();だいたい、もう壊れてたんだ。&br();セブンスコードも僕も。&br();&br();アウロラ。&br();君の発した光が、影絵の世界をつくりだした。&br();複雑で、乱暴で、腥い。&br();極光がおとした影は、生き物の形をしていた。|
|~MEMORY.3&br();『鈍痛』|他人の身体に慣れることはない。&br();暑いのか寒いのか、わからない。&br();痒いのに、どこを掻けばいいのかわからない。&br();一枚の余計な膜。&br();一拍のタイムラグ。&br();&br();今月の僕は『本体』の気配を感じなかった。&br();抜け殻になっているはずのそれが、別人になっていたから。&br();そして、相対することができたから。&br();&br();完全な入れ替わりは初めてのこと。&br();&br();揺れ続ける内臓の気配。&br();怒ってるけど可笑しい。&br();可笑しいけど悲しい。&br();火のついた燐寸を呑み込んだような、焦り。&br();そういった心許ない感覚は、倍増するのか半減するのか。&br();&br();「匂いが変わったので、はじめは気づきませんでした」&br();榊の言葉は明瞭だ。&br();なんの他意もないからか、解答として僕を落ち着かせる。&br();&br();榊のこともヨハネのことも、何も知らない。&br();どこの誰なのか、齢も性別も国籍も知らない。&br();&br();でも、本質は理解できている、つもりだった。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.4&br();『激痛』|面接官は、僕を見ようとしなかった。&br();「志望動機は?」&br();「御社の運営方針をもとに、ユーザーに規則遵守を促したいから、です」&br();「それは志望でも動機でもないね。あと、ウチは会社じゃないから」&br();『御社』と呼べないのなら、呼びようがない。&br();「自己アピールは? 履歴書には『誠実』とあるけど」&br();「はい。約束を破ったことはありません」&br();「一度も?」&br();「はい」&br();ようやく、面接官が顔を上げた。&br();「だったら、友達が多いんだろうね」&br();「問題ありません」&br();肩を震わせ、眼鏡の上から顔を覆い、彼は僕をせせら笑った。&br();「君さ、質問と答えが絶妙に噛み合ってないんだよね。本当に絶妙だ」&br();そして僕はSOATになった。&br();&br();約束は破らない。できない約束はしない。&br();自分に課したことはある。&br();『イサクを取り戻す』『ウルカを逃がす』。&br();そして『アウロラの謎を解く』。&br();&br();「青柳一朔を取り戻したいのなら、アウロラに執着すべきじゃない」&br();「いや。アウロラの目的を知ることが唯一の手段なんだ」&br();「あんたは標的を見誤っている」&br();僕とヨハネは問答を繰り返していた。&br();&br();「ねえ、これだけはボクと約束してよ。植能は7以上保持しないこと」&br();「何が起きてもかまわない。それがアウロラの意志なら」&br();反論に身構えたが、ヨハネは黙って頷いた。&br();拍子抜けしたまま、僕も黙った。&br();&br();約束はできなかった。&br();ただ、問答を終わらせたくなかった。&br();あの時間は、どこか心地よくもあったから。|
|~MEMORY.5&br();『鎮痛』|僕には、特別なところがない。&br();僕にとって、特別だと思えるものもなかった。&br();&br();特別な趣味、特別な能力。&br();特別な時間、特別な相手。&br();なにも好きじゃないし、なにも嫌いじゃない。&br();楽しいか楽しくないか、その区別はあったけど。&br();&br();「大切に使え」と槍を預かった。&br();「気に入っている」と言っていた。&br();その槍は、僕の特別になった。&br();&br();友情とか愛情とか、勝ち負けとか真実とか、後悔とか正しさとか。&br();みんな、なにかしら握り締めて生きている。&br();終わったとき、残しておきたいもの。&br();誰かにとっては無意味でも、どうしたって捨てられないもの。&br();&br();アウロラ。&br();君はトクベツだ。&br();この世界で、はじめからトクベツな存在だった。&br();でも、僕にとっての特別じゃない。&br();君は僕だから。&br();僕は君だから。&br();&br();取り戻せるものがあるなら、与えられるものもある。&br();&br();なにも知らなくて、ごめん。&br();教えてくれて、ありがとう。&br();それがぜんぶ。|
** 青柳一朔 ISAAC.AOYAGI [#isaac]
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|~MEMORY.1&br();『夢は大リーガーとか言ってたっけ』|「かっとばせ」って、みんな簡単に言うよな。&br();オレはかっとばすだけじゃない。右に左に打ち分けて、投げて155km/h、&br();100mは11秒台。&br();地区予選からスカウトが来るってウワサで、チームは浮き足立ってた。オレを見に来るんだから、落ち着けよ。&br();&br();その日を間近に控えた、夕暮れ時。&br();聞いたことのない音が、オレの右肩で響いた。&br();&br();「まだ一年生だし」などと慰められ、オレの甲子園は梅雨入り前に終わった。チームも予選一回戦で敗退。&br();&br();蝉時雨の向こう。職員室のテレビから、ブラスバンドの応援が聞こえる。&br();せめてグラウンドに届かない音量にしてくれよ。&br();オレはマネージャーとふたり、スコアを記録したり、ボールを磨いたり、すっかり舞台裏の人間になっていた。&br();&br();それでもガマンできたのは、マネージャーの笑顔があったから。いつもすげーイイ匂いしてて、他のコと違って平気で日焼けしてる。&br();オレがなにか言うと、恥ずかしそうに笑ってくれる。&br();&br();まさか。&br();まさかアイツと付き合ってるなんて。&br();考えもしなかったんだよな。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『日照りから月夜に』|「かっとばせ」ってベンチウォーマーのオレが叫ぶ。&br();「あなたの右肩は元どおりになりません」って医者は言う。&br();もう、どうなったっていいや。&br();&br();補欠のヤツらもみんな、来年の甲子園はないなって空気。コンビニでビールやチューハイを買い込んで、深夜の部室でバカ騒ぎ。&br();そんなつまらねー動画を、誰が撮る? 誰が見るんだよ。&br();&br();…… 撮るヤツは撮るし、見るヤツは見るんだな。&br();&br();校長が頭を下げて『廃部』の二文字を口にした。監督もチームメイトも、悔し泣き。&br();「飲んだのはオレだけです。オレが退部しますから」&br();土下座って案外カンタン。狭くて暗い腹んなかを、じっと覗くだけ。&br();&br();地元のヒーローは、一気にヒールへ。リアルに居場所はなくなった。&br();さて、どうやって生きてくかな。&br();&br();SOATの連中は、そんなオレの過去を知らない。&br();だから居心地がいい。&br();ただし、組まされた相棒は辛気臭い、つまらねーヤツ。オレが何を言っても、くすりとも笑わない。&br();だいたい会話になんねーんだよな。&br();&br();ルールどおりに動く、機械みたいな相棒。&br();こいつが笑ったら、どんな顔になるんだろ。|
|~MEMORY.3&br();『おまえがはじめて笑った日』|「だーれだ?」って、目隠しする愛らしいオレ。&br();いっかいも名前を言われたことがない。だれだかわかってんだろ?&br();&br();壁当てのキャッチボールが続き、やがてそれがデフォになる。&br();バッテリーならはじめから役割が決まってるけど。&br();コンビってこういうふうに役割が決まるのね。&br();&br();遅刻はしない。借りた金は返す。仕事はキチッと終わらせる。&br();それがユイト。オレの相棒。&br();カノジョに疑われ、常に監視されているが気にとめる様子もない。&br();そこは有難いところで。監視の榊と、最近イイ感じ。&br();&br();マネージャーの『あのコ』は、オレの元相棒とうまくいってるかな。&br();&br();「付き合うって、どういうことなんだろうな」&br();べつに投げたつもりじゃなかったのに。&br();「互いが信頼に応えることだろ」&br();めずらしくボールが返ってきた。&br();だったら……&br();「相棒って、なんだろうな」&br();「組んで仕事をする相手だろ」&br();…… あ、そう。オレってその程度なのね。&br();&br();しょげたオレに、相棒が言った。&br();「イサクとの仕事は、仕事じゃないみたいだ」&br();やっと、笑った。&br();&br();それがユイト。オレのダチ。|
** 片桐未蕾 MIRAI.KATAGIRI [#mirai]
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|~MEMORY.1&br();『メモ:内側にForeverと刻印すること』|常と変わらず私が出勤すると、皆が待ち受けている。&br();弾けるクラッカー。&br();「片桐隊長、おめでとうございます!」&br();&br();その12時間前。&br();「シフトを操作するのは職権乱用だ」&br();そんなことばかり言っていたユイトが、めずらしく休日を合わせて某テーマパークに誘ってくれたの。&br();「忘れ物したみたいだ。とってくる」&br();「ここで待ってるね」&br();ベンチで彼を待つ。そしたらなんと、妖精さんが迎えにきたの!&br();「さあ、お城へ行きましょう」&br();&br();お城の広場は妖精さんでいっぱい。私を中心に歌って踊る♪&br();そこへ……王子様姿のユイトが現れ、片膝をつく。&br();「片桐未蕾。これからの物語を、僕と紡いでくれないか?」&br();開いたケースにはシンプルなプラチナにプリンセスカットの1カラットダイアモンド☆&br();私は涙を浮かべて「はい」って頷く。&br();その瞬間、花びらが舞って、お城から花火があがったの……!&br();&br();その1年前。現在。&br();『求婚誘導大作戦』結実の日まで365日をきった。妖精さんの衣装は仕立て屋に注文済みである。&br();恋は戦と同じ。準備万端に整えねば、勝利の美酒は味わえぬ。&br();&br();む? メールだ。&br();『理由なく勤務中に呼び出すのは職権乱用だ』&br();&br();ルールを守りたがる彼と、ルールを作りたがる私。&br();ふっ。お似合いじゃあないか。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『メモ:大きな傘を買うこと』|もう夕飯時か。&br();今日も高タンパク・低脂肪・栄養たっぷりのメニューを用意した。&br();む? 雨音が聞こえる。予報が外れたな。&br();仕方ならぬ。&br();&br();……大きな傘で、お迎えに行かなきゃ!&br();&br();私たちのおうちは駅から徒歩7分の分譲マンション。&br();静かな住宅街にあるの。あと30年でローン完済ってとこかしら?&br();自慢は大きなアイランドキッチン!&br();料理上手な私のために、ユイトが選んだ部屋なの。彼の書斎は子供部屋になっちゃうかも……?&br();だけどネ♡&br();&br();『もうすぐ駅。なにか買ってくものある?』だって。&br();お迎えはサプライズにしちゃおうかな?&br();『ブルーベリーをお願いね。明日のスムージーに入れるから』な~んて返信しちゃった!&br();&br();駅の改札。柱に隠れてアナタを待つわ。&br();キタキタ! 急な雨に困り顔。&br();走り出そうとした彼に、傘を差し出す。&br();「おかえりなさい」&br();あいあいがさで帰りましょ♪&br();&br();おうちに着くと、玄関からいい匂い。&br();「今夜はローストポークとプロヴァンス風のラタトゥイユよ」&br();「美味そうだ」&br();ふふふ♡ そっけないけど喜んでくれてるわ!&br();&br();……以上。&br();5年後の我々の暮らしだ。&br();&br();待てよ? 確認せねばな。&br();『好みの肉の種類を知らせて欲しい』&br();7時間後、返信アリ。&br();『豚かな』&br();ふっ。やはりな。&br();5年後の今日。夕飯はローストポークだ。|
|~MEMORY.3&br();『メモ:交際同意条項をトリプルチェック』|私は楽観主義者とは言えない。&br();夢見心地のときもあれば、疑心暗鬼のときもある。&br();&br();なぜ、ユイトなのか?&br();それは彼が『澄んでいる』からだ。&br();嘘のない人間と信じている。&br();そんな彼が『濁る』ところは見たくない。&br();&br();榊のリポートは正確無比である。&br();ユイトの一挙手一投足が分単位で記載されている。現状で不貞の兆しはない。だが、油断は禁物。&br();&br();『クチュール』なる、ふしだらな衣類を纏った女の影がある。&br();その女が現れてよりユイトの挙動に変化が生じた。どこか、虚ろなのだ。&br();&br();マズイことに青柳のIDが損壊されてしまった。&br();同等の植能を持つ者を新たな相棒にせねばならぬが、『上』から推薦されたのが椎名鞘子一名のみであったのだ。&br();椎名は無愛想な女だが…… あーゆーのに限っていざというときに大胆なのだ!&br();なにやら言動が意味深だし!&br();&br();乾に椎名の尾行を命じたが、ろくなリポートが上がってこない!&br();あいつはナニをやってんだ?&br();どうやら椎名の行動範囲は賭場の周辺のようだが……。&br();&br();『上』には逆らえぬ。&br();ならば椎名が不祥事を起こすのを待つしかない。&br();&br();万が一のことがあったなら。破滅、あるのみ。&br();&br();信じてるからね、ユイト。&br();私たちの愛を!&br();あなたが濁ってしまったときは、全力で浄化してあげる。|
** 榊莉亜 RIA.SAKAKI [#ria]
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|~MEMORY.1&br();『おしゃべり ~わたしにできること』|お茶を淹れました。いつもどおり、濃いめです。&br();&br();わたしと話していて、退屈しませんか?&br();え……? いえ、わたしは楽しいです。&br();このおしゃべりが、毎日のご褒美タイムなんです。&br();&br();仕事ですか? うーん。&br();わたしは橿原さんを疑ったことがないので、どうして監視をしなくてはならないのか理由がわかりません。&br();でも、青柳さんが言うような『他の任務』ができるとも思えません。&br();だってわたしには、嗅ぎまわるくらいしか能がないので……。&br();&br();え? そんな……。たいしたことは……。&br();たしかに、このお茶に香りがなければ、ただの苦いお湯かもしれませんね。&br();それは嗅覚のおかげかもしれません。&br();&br();このセブンスコードでは、ほんとうの匂いを嗅ぐことができません。&br();そのひとがどこからきて、どんな性質を持ち、どんな感情を抱くのか。それはわかります。&br();かといって、干渉して影響を与えることはできません。&br();これから起こりうる悲劇を、未然に防ぐことはできないのです。&br();&br();ただありのままを記録し、伝えるだけ。&br();&br();この街もにぎやかになりましたね。&br();はじまりにあった匂いは、ひとつだけでした。&br();あなたの匂いです。&br();&br();ここは、あなたが創った世界だと思っていたんです。&br();だって、最初は幸せな世界だったでしょう?|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『おしゃべり ~未完成な匂い』|お茶を淹れました。いつもどおり、濃いめです。&br();&br();いえ、昨日のことは気にしないでください。&br();いまが不幸せというわけではないんです。&br();仕事も嫌いではありませんし、SOATの皆さんが好きです。&br();ただ、いろいろありましたので。&br();&br();あの…… 青柳さんのこと、なにか判りましたか?&br();……そうですか。また会えるような気がするのですが……。&br();そういえば以前、青柳さんのことを知りたがっていましたよね?&br();誰と組ませるのかを決めるため、でしたよね。&br();橿原さんも落ち込んでいます。まるで別人のようです。&br();&br();わたしはずっと橿原さんを尾け回し…っ…監視していたので、ちょっとした変化にも敏感になっていて。&br();いまは感情を押し殺しているのだと思います。すぐ近くにいても、その匂いに気づけないほどでして。&br();&br();…橿原さんの匂い、ですか?&br();なんと表現すればよいのか……。&br();万人ウケするタイプ、ではありますね。&br();まだ完成形も見えていません。&br();&br();あなたと少し似ています。&br();他者の移り香に濁らない、澄んだ匂い。シンプルでフクザツ。&br();……はい。そういうこともあるんです。&br();あなたの匂いも、輪郭しか完成していません。&br();&br();と、いうよりも、完成しているひとなんていないんです。&br();この世界の匂いも、未完成ですよ。|
|~MEMORY.3&br();『おしゃべり ~タイムパラドックスとこんぺいとう』|お茶を淹れました。いつもどおり、濃いめです。&br();&br();ごめんなさい、今日はお煎餅もお饅頭もなくて、こんぺいとうしかないのです。甘いものはあったほうがいいと思いまして。&br();ああ、はい……バレてしまいましたね。&br();そうなんです。このところ味覚のバグが多発していて、まともなお茶請けが手に入らないのです。&br();え? そんなことができるんですか?&br();いえ……でも、わたしはこんぺいとうが好きです!&br();&br();はぁ。温かいお茶にはほっとします。&br();ところで、タイムパラドックスってなんですか?&br();&br();……なるほどです。&br();では、わたしはなにもお話ししないほうがいいのですね?&br();え? そうですね……確かに『今』も『過去』になります。でも『今』は『未来』なのでしょうか?&br();主観の問題ですね。相対的です。&br();『今』が絶対に『今』とは言えません。&br();&br();わたしの過去、ですか?&br();お話しするようなことはなにも……。それより、あなたのお話を聞かせてください。&br();&br();?&br();それは、いつのことですか?&br();はい。知っています。氷砂糖で作った蜜を、お鍋で回し続けるんですよね。&br();核、ですか?&br();雨粒にも核がありますよね。&br();&br();わたしの核、ですか?&br();それは絶対的過去に存在するのでしょうか。&br();だけど、絶対的な時間軸は存在しないはずですよね。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.4&br();『おしゃべり ~ナイショのおはなし』|お茶を淹れました。いつもどおり、濃いめです。&br();&br();困っています……。&br();とても恐ろしいことが起きまして。今後、どうやって任務をこなすべきか……わからないのです。&br();……いえ、それは……思い出したくありません……。&br();&br();はい? ええ、それは思い出せます!&br();&br();あの頃は、SOATの隊員も5、6人でしたね。&br();お客様も少なかったのですが、とっても忙しくて。ユーザー規定も抜け穴だらけでしたね。&br();開園までに定員にならなかったのが不思議です。応募者は多かったのに……。ああ、そうでしたね。書類審査をされたのは、あなたでしたね。&br();わたしの合格の決め手はなんでしょう?&br();……ですよね。秘密ですよね。&br();&br();あのときの面接官の方が、どなただったのか。わからないのです。&br();眼鏡をかけた、ほっそりとした方です。&br();ヒノハラさん? ですか? いまはなにをなさっているんですか?&br();実験? ……それは、セブンスコードで、ですか?&br();興味を惹かれますね。あ、はい! わかっています。ナイショですよね。&br();&br();ほっぺですか?&br();もう傷はふさがっています。ありがとうございました。&br();危険? ……そうですね。もう任務がないので。&br();辞めてしまってもいいのかも、しれません。&br();&br();でも。まだ、なにも始まっていないように感じるのです。|
|~MEMORY.5&br();『おしゃべり ~このままがいいのです』|お茶を淹れました。いつもどおり、濃いめです。&br();&br();はい。さきほどの橿原さんのご依頼ですよね。&br();これから向かいます。ヨハネさんは、大切な方のようですので。&br();……大丈夫ですよ。わたしにもイザというときの切り札があるんです!&br();&br();え? 自分自身に、ですか?&br();そんなこと、考えたことも……。違います。わたしは、ちゃんと……ちゃんと憶えています。&br();&br();いつ、どこで?&br();それは、重要ではありません。&br();&br();……だから?&br();だから、こんな想いも忘れてしまえと言うのですか?&br();忘れられるものなら、とっくに忘れているはずです。忘れるという能力は人間にのみ有効に働くのです。だから…… わたしも、そうしなくては……と。&br();&br();あんなふうに、綺麗に生まれたかったです。&br();……それは、あなたの価値観です。&br();胸の奥が痛いのです。&br();いえ、傷はありません。&br();&br();やめて。&br();やめてください。&br();痛いままが、いいのです。&br();&br();杉浦さん。ひとつだけ願いを叶えてください。&br();この痛みを消さないでください。&br();この想いを消さないでください。&br();わたしは、このままがいいのです。&br();&br();なにも始まらない。&br();でも、負けない。&br();&br();……え?&br();もし、そうなったとしたら。&br();嬉しいのですか? 悲しいのですか?&br();&br();ただ、これまでのように。そばにいたいだけなのです|

** 櫟夜翰 JOHANNES.KUNUGI [#johannes]
|130|650|c
|~MEMORY.1&br();『両腕を引かれて』|ボクが10歳の頃、両親の離婚が決まった。&br();父も母も、ボクを欲しがった。&br();&br();家庭裁判所に持ち込むのは面倒だから、ボクが決めなくちゃならない。&br();これから、どちらと暮らすのかを。&br();&br();共働きの両親は、それぞれ自由な財産を持っている。&br();父は母に、母は父に、負けられない。&br();「お小遣いをあげる」「もっとたくさんあげる」「なんでも買ってあげる」&br();「もっと高いものを買ってあげる」……さあ、どちらを選ぶ?&br();&br();そのうちに、ボクは嘘をおぼえていった。&br();&br();服が欲しい。パパはいいって言ってくれたよ。&br();男らしくない? ママはいいって言ってくれたよ。&br();似合うでしょ。パパは褒めてくれたよ。&br();かわいいよね? ママはボクが特別だって、認めてくれたよ。&br();&br();ぜーんぶ、嘘。&br();ざまーみろだ。誰がボクを所有しようと、ボクはボクのモノ。&br();&br();一年後。ただ苗字を変えてみたくて、ボクは母を選んだ。&br();その後も両親は競ってボクの気を惹き続けた。&br();高校の頃、父が再婚するまでは。&br();&br();もっと大きな嘘をついて、もっと大きなモノを手にしたい。&br();ボクには、その価値があると思っていた。&br();&br();いつか、それを証明してみせる。&br();ここではない、もっと広大な世界で。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『小魚の処世術』|あの頃、父との面会は毎週末だった。&br();&br();医療機器メーカーに勤めていた父は、社内イベントにもボクを連れ出した。&br();記憶に残っているのは『サケの稚魚放流会』。&br();初夏。11歳のボクにとって、退屈な催しだった。&br();&br();ボクはサンダルを脱ぎ、川底に爪先をつけた。&br();「水は冷たい?」&br();眼鏡の若い男がボクに訊ねる。&br();答えずにいると「君は男の子なの?」と、腕を掴まれた。&br();ムシズが走るような感覚がした。&br();「息子です」父が割って入る。&br();「カンバさんの?」男が意外そうに笑う。&br();「このひとは優秀な研究者さんなんだよ」&br();父の眼差しに、圧を感じた。愛想よくしなさい。&br();&br();「お名前は?」「よはね」「いくつ?」「11」&br();「僕が怖いの?」&br();あたりまえでしょ。&br();「だったら、群にまぎれないと」&br();赤い魚群に、1匹の黒。あの絵本みたいに?&br();&br();「でも、君は見つかっちゃうよ。どこにいても必ず」&br();&br();フリーズしたボクの手を誰かが引っぱった。&br();向こう岸に着いてから、手をほどく。&br();「ごめん。あれ、俺の叔父さんなんだ」&br();中学生がボクに頭をさげた。&br();男はまだ、遠くからボクを眺めていた。&br();&br();稚魚は勢いよく川面に泳ぎだす。&br();だけどいつかは、腹を裂かれて喰い物にされる。&br();&br();あいつ、だったんだ。&br();ボクはとっくに標的にされていたんだ。|
|~MEMORY.3&br();『ハイエンド』|VRIR―― 仮想統合型リゾート・セブンスコード。&br();&br();&br();高校生になって自立を考え始めたとき、足を踏み入れた。&br();最初は興味本位だった。&br();運営寄りの立場なら得をすると聞き、SOATの入隊テストを受けた。&br();適性はA+。どういう採点基準なの?&br();角膜の〝植能〟を貸与され、いきなりの上級隊員だ。&br();&br();このコルニアの能力は、まさにボクにうってつけ。&br();ごまかし、あざむき、煙に巻く。&br();&br();そこに目をつけたのか、ミカという同僚が儲け話を持ちかけてきた。&br();&br();賭場でのイカサマ。楽勝じゃん。&br();賽の目はボクの思いどおりに変えられるし、手札もブタ知らず。&br();もう、SOATで働く必要もない。&br();ここでの通貨はリアルで換金できる。当然、リアルで使うつもりだった。&br();&br();なにを買おう? ボクはいま、なにが欲しかったんだっけ?&br();&br();リアルで物を買っても、場所をとるだけ。&br();だったらこのセブンスコードで好き勝手しようかな。&br();まずは殻をハイエンドにアップグレード。服。靴。アクセ。他には……。&br();&br();なにを買おう。ボクにはいま、なにが必要なんだっけ。&br();&br();ヤバイ。賭場の連中がボクを探り始めた。&br();&br();ボクはまだ、小魚だったのかな。&br();誰に追われているのか、気づけなかったんだから。&br();向こう岸に導いたひと。&br();あんたは憶えてる? ボクは思い出したよ。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.4&br();『鏡の向こうの策士』|頑固で融通のきかない変わり者。&br();知ってる? ほんとうに変わってるヤツは自分が変わってるって気づかないんだよ。&br();&br();ボクが怒ると、あいつも怒る。コミュカ0のくせにミラーニューロン働かせてんじゃないよ。&br();ちょっとは学習してんのかな?&br();&br();ヒトを振り回すのは好きだけど、振り回すように仕向けられてる。&br();要するに、このボクが振り回されているんだ。&br();&br();あー。爪がボロボロ。噛んだらダメってわかってるのに。&br();この爪も幻。リアルのボクに、爪を噛む力なんてない。脳が筋肉に信号を送れない状態。セブンスコードの捕縛って、そういうこと。&br();いまごろは病院かな?&br();神経転移したまま気を失っているボクを、誰かが見つけたなら。&br();&br();ときどき思う。リアルに戻りたくないなって。&br();あのバカと出会ってから……なのは偶然。たぶん。&br();&br();もし、リアルであいつと会ったら。ぎこちない挨拶をするんだろうな。&br();「はじめまして。あっちでは失礼なことを言ってゴメンナサイ」&br();でも、あいつは相変わらずで。ほんの数分で喧嘩になる。&br();裏表を使い分けられるほど、器用な人間じゃないから。&br();&br();あれ?&br();あいつのミラーニューロンが働いているなら、ゴメンナサイにはゴメンナサイが戻ってくるのかな?&br();&br();いや。そんなの変だよ。|
|~MEMORY.5&br();『ボクが欲しかったもの』|綺麗とか、可愛いとか。わかってるんだよ。&br();だからニレも、イカサマにこじつけてボクを追ってくる。この殻を手に入れるために。&br();両親にとっても、連れ歩いて見映えのする子ども。&br();&br();ミカにはボクの植能が必要で、カネの話ばかりだったっけ。&br();&br();そもそもこのコルニアがあれば、ボクはどんな姿にもなれたんだ。&br();カネなんていらなかった。&br();綺麗とか可愛いとかは、もういらなかった。&br();&br();「返却する義務があったはずだ」とか、バカみたい。&br();「助けて欲しいなら素直に言え」とか、ナニサマ?&br();&br();助けるのは、ボクのほうだ。&br();いくらでも警告するし、ちゃんと調べる。あんたの身に、何が起きているのかを。&br();親切とか良心とかじゃない。&br();興味本位とか好奇心でもない。&br();このセブンスコードを守れるのは、あんただけだから。&br();&br();ボクに正義感なんてない。&br();目の前にあるものを、明らかに見る。&br();ボクがほんとうに欲しかったものを、あきらめない。&br();それだけ。&br();&br();いま、真実が見えてきたよ。手は打った。&br();ニレはボクに任せて。&br();ユイト。あとは、あんた次第だ。&br();&br();そろそろ、向こう岸が見えてきた。&br();まだ川を渡りきるには早い。&br();もう少し。コルニア、もう少しだけ動け。&br();&br();嘘をつくためじゃなく、真実を映すために。|

** 柚木歐児 OHGI.YUNOKI [#ohgi]
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|~MEMORY.1&br();『空から地下へ』|飛行機が好きだった。&br();ヨーロッパ生まれだから、歐児と名づけられた。海外旅行も頻繁だ。&br();&br();機体は離陸体勢に入る。窓外で翼のフラップが動く。滑走路で加速度をあげ、エンジンが轟音をあげる。離陸決心速度、V1。VR、ローテート。機首あげ。身体は地上と離れがたく、慣性の法則で揚力に抗う。&br();見る間に、すべての小窓が空色に染まっていった。&br();&br();最近は、そんな情景を思い出すこともなく、クロカゲでショーマンを演じている。&br();薄暗い地下組織。悪くない。&br();ここに誘ってくれたのは、義理の叔父だ。戸籍上は母親の弟。&br();母方の旧姓なので、苗字は違う。&br();&br();彼が祖父母の養子になったのは、複雑な理由がある。&br();まずは、彼が優秀で、恵まれない環境にあったため。&br();しかし母の養子とした場合、母の死後に俺と相続問題が勃発してしまう。&br();&br();諸々鑑みた結果、彼は俺の叔父となった。&br();&br();子供時代から同居していたので、俺にとっては兄のようだった。&br();企みに満ちた、狡猾な兄。&br();&br();彼は俺を操り、支配する。&br();勝ち目はない。でも、どーにかなるって思い始めた矢先だった。&br();&br();見る間に、すべての小窓が空色に染まっていく。&br();雲間を裂いて、機体は音速で俺を運ぶ。&br();行きたい場所へ。行きたくもない場所へ。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『消滅に耐えられない重さ』|俺の印象は『軽い男』。&br();盛り上げ上手? いいね。&br();口が上手くて薄っぺら? そうそう。&br();「あんたなんて憎むほどの価値もない」&br();うん、わかってる。&br();&br();ありのままに育っていたら、そういう男になる予定だったから。&br();&br();『さがさないでください』&br();小5の冬、俺は家出をした。&br();母さんの誕生日プレゼントを買ったあと。あいつから「教授の研究室に入る」と報告があった。&br();「こんなに嬉しいことはないわ」&br();母さんは惚れ惚れとあいつを眺めた。プレゼントは捨てた。&br();&br();「今夜も帰れそうにないわ。歐児を見ていてね」&br();あいつは笑顔で「わかったよ」と頷く。&br();「勉強も教えてやってね」&br();「まかせてよ」と頷く。&br();&br();あいつから教わったのは不正解ばかり。漢字も数式もデタラメ。&br();それなのに、これだけは正解だと言わんばかりに。&br();「ママにとっての君は、僕を引き留めるための口実だ」&br();毎日毎晩「僕らのために存在してよ」と俺に囁く。&br();&br();消えたかった。&br();その夜、東京は粉雪に覆われた。&br();翌朝には、俺ごと溶けてくれよと願う。&br();&br();朦朧の手前で「そろそろかな」と、あいつが見下ろす。&br();「ここにいるよ、早く救急車を」&br();「ありがとう、あなたは恩人よ」&br();雪は灰色の下水になっていた。横顔を浸した俺は、不正解に発熱していた。|
|~MEMORY.3&br();『神のリスト』|セブンスコードが監視社会だということを、皆は知らない。&br();神の覗き穴のように、あちこちに『目』がある。&br();&br();俺には俺の『耳目と手足』が必要だ。&br();身を守るために。先手を取るために。&br();あいつのゲームの駒となりうる人間を、特定しようとした。&br();&br();まず、この世界のコアとも言えるSOATで情報収拾をする。&br();そのための人員を集めたが、どうやら独自の活動を始めてしまったようだ。&br();連中は俺に仰々しい呼び名をつけ、崇める。&br();&br();面倒ではあったが、有益なログが集まった。&br();神のリストに載りそうな、ひとり、ふたり。&br();&br();気づけばいつも、あいつの掌の上。&br();掬いあげられた小魚のように、じたばたともがいている。&br();「無駄だって言ったよね。どうして繰り返すの?」&br();息ができない。&br();「またナニか見つけたんだね。デリートするよ」&br();ようやく水に戻された頃には、なにもかも忘れている。&br();記憶を、消されている。&br();&br();闇雲でもいい。&br();動き続けなくては。&br();あの7人の少女たちは、間違いなく人柱にされる。&br();&br();SOATに放った『網』が、獲物を捕らえた。&br();クスノセ ミカ。&br();その相棒の、クヌギ ヨハネ。&br();引き寄せなくては。このクロカゲに。&br();&br();理由は思いだせなくとも、このふたりを追い続ける。&br();これから始まるゲームに、俺が参加できるように。&br();&br();最悪のエンディングは、俺が書き換える|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.4&br();『川底の石を崩して』|こいつ、女だったっけ?&br();見覚えがある、ような……。&br();&br();櫟 夜翰は想像以上の曲者だった。&br();悪目立ちをして、今やニレの関心の的。&br();&br();どうやって二つ目の植能を手に入れた?&br();『あのひと』が与えたとは思えない。では、SOAT以外から?&br();厄介だ。ゲームが始まる前に、俺が仕留めなければ。&br();&br();実際に、そうすべきだったのに。&br();&br();だんだん、見届けたい気持ちになっていった。&br();こいつに与えられたロールを、こいつが演じきれるのかどうか。&br();ニレの配役に、意図があったのかどうか。&br();&br();……そうだ、思い出した。&br();配役はもう、数年前から決まっていたんだ。&br();&br();穏やかな清流が、脛に当たって割れる。&br();川底の石が、土踏まずに食い込む。&br();五月の木漏れ日のもと。&br();ニレが、子どもの腕を掴んでいた。&br();&br();「君は見つかっちゃうよ。どこにいても必ず」&br();その言葉に、子どもは怯えている。&br();&br();助けなきゃと思った。でも、動けない。&br();目を瞑る。息が苦しい。冷たい汗が背中を走る。&br();一歩ごと、石が崩れる。転びそうになりながら、進んだ。&br();&br();目を開けたとき。俺はヨハネの拳を掴んだまま、対岸に居た。&br();「ごめん。あれ、俺の叔父さんなんだ」&br();「大丈夫?」&br();小さなヨハネが首を傾げた。&br();「あんたは、大丈夫なの?」&br();&br();あのときも、いまも。&br();ぜんぜん大丈夫じゃねーよ。|
|~MEMORY.5&br();『すべてを見届けられなくても』|少女たちは、もう戻れない。&br();ナナシのガキを除いて、帰る場所を失った。&br();ソウルも昏睡に落ちた。&br();俺の考えなんて、クソガキには伝わらないまんま。&br();&br();まだ望みはあった。&br();ユイトとヨハネ。ミカとリアちゃん。&br();俺を含めて5人。一枚岩になれば、勝算はあった。&br();それを崩したのは他でもない、俺だ。&br();&br();これまでに何度も『あのひと』を頼ろうとした。&br();彼はきっと、リアちゃんからなにもかも聞いていたはずだ。&br();だが、自ら動こうとはしなかった。&br();アウロラの夢を守るためだろう。&br();&br();もはや、終着点は目の前だ。&br();機体は着陸体勢に入る。窓外で翼のフラップが動く。滑走路へ向けて、格納部から車輪を下ろす。&br();&br();鋭く、凍てつく風が吹きつける。&br();俺は母さんに手を伸ばす。&br();こんなに遠かったっけ? こんなに離れてたっけ?&br();もっと早く話せばよかった。本当の気持ちを。&br();いつかの粉雪が、視界を灰色に覆った。&br();&br();ソウルとユイトには、ちゃんと確認しておきたいんだ。&br();俺は、いい兄貴だったよな?&br();きっと、いい父親にも、いいジジイにもなれたと思う。&br();いい息子にはなれなかったから。&br();そのぶん、取り返すつもりだったんだ。&br();&br();これで、少しは取り返せたかな?&br();&br();これからのことは判らない。&br();それでも、いい旅だった。|

** 楠瀬己架 MICHA.KUSUNOSE [#micha]
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|~MEMORY.1&br();『ココロとココロで恋しちゃう♡ @O-Room』|みんな、アタシのこと気になってるんじゃない?&br();いいわよ~教えてアゲル♡&br();秘密の部屋『O-Room』からお送りするわ!&br();&br();ここ数十年、ジェンダーとセクシュアリティーの多様性が話題だけど。わかってないひと、多いのよ。&br();性別と恋愛対象をセットで考えがちじゃない?&br();&br();なんでこんなハナシするかっていうと、大切なのはココロだって言いたいからなの。ジェンダーって言っちゃった時点でカラダのハナシに持ってかれがちでしょ。&br();要は人間が人間と向き合うってコトよ。&br();アタシはアタシを『オトメにしてくれるヒト』がスキ♡&br();性別なんてどーでもいいの。&br();&br();このセブンスコードにいると、いろいろ考えちゃう。&br();たとえばさ、アタシはSOATで肝臓の植能をもらったんだけど。とーぜん内臓はカラダの一部で、脳もカラダの一部なのね。&br();&br();みんな、ココロは脳が作ってるって思ってない?&br();ソレって違うと思うの。&br();&br();言ったコト、やったコト。アウトプットしてきたすべて。&br();アタシのココロは、この世界のあちこちにあると思うの!&br();せまーいカラダのなかになんて、おさまらない☆&br();&br();だからうつろいやすいのよね。&br();&br();ヨハネってココロをカラダに押し込めようとするタイプでさ。&br();本人は『自由に生きてます』って態度なんだけど。&br();こそばゆいくらいに不器用なのよ。最初はソコがカワイイと思ったんだけど。だんだんカユくなってきちゃって。&br();&br();ウブなままじゃ困るから、ちょっと勉強してもらおうかしら?&br();……なーんてね!!|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『トモダチだから許しちゃう♡ @O-Room』|やっほー♡アタシの恋愛観については話したわよね?&br();今回も秘密の部屋から。ホットなトピックをお届けするわ!&br();&br();トモダチってナニ?って訊かれて、まあテキトーに答えたんだけどさ。&br();ヘンな質問よね。&br();友達って思ってたとしても、一方通行ってこともあるし。&br();あなた友達?って確認するワケにもいかないし。&br();&br();人間関係、ひとつとして同じカタチってことがないのよ。&br();&br();ヨハネは友達だって、アタシは思ってる。&br();でも会話が弾むって感じじゃない。沈黙がイヤで、ついおカネの話ばかりしちゃうのよね。&br();あのコはウブなハートに鎧を着せちゃうタイプ。&br();すっぽんぽんのハートを見せて欲しい~!&br();&br();なぁんて思ってたら、サヤコって腹黒女からちょーどいいオファーがキたの。賭場でのイカサマをチャラにするかわりに、ヨハネを渡せってさ。&br();らじゃらじゃー♡&br();ヨハネなら、角膜の植能でカンタンに賭場から逃げ出せるハズだもの。&br();&br();アタシが噛んでたって知ったら、あのコはどんな反応するかしら?&br();&br();これで縁が切れちゃうようなら友達じゃない。&br();スルーして「また組もう」って言われたらビジネスライク。やっぱ友達じゃなかったってコト。&br();「どうしてなの」ってエモってきたら……ぽんのハートがポロリする!&br();おカネと友情、一挙両得♡&br();&br();こんなのって残酷?&br();アタシなら、同じことをされても許しちゃう。&br();ヒドイじゃないのー! ってブチまけて、納得したら仲直り。&br();&br();アタシは結局、ヨハネと、ヨハネのコルニアを信じてるのよ。|
|~MEMORY.3&br();『コトバがなくても通じちゃう♡ @O-Room』|今日もゴキゲン♡なワケないっつーの!&br();秘密の部屋から出られなくなっちゃったわ……。&br();&br();みんなから追っかけられて困っちゃう! ミカにゃんよっ♡&br();&br();「これって夢かも」って、途中で気づくことない?&br();そんな感じだったんだけど。自分が他人になったような、他人に自分が入り込んだような、不思議体験をしたの。&br();なんでだか、ずっとヨハネがそばにいた。&br();もちシラフだったわよ!&br();&br();そのあと、まえよりヨハネと仲良しになれたの。&br();たくさん話すより、一緒にイロイロやったほうが互いを理解しあえるってコトみたい。&br();夢だけど、夢じゃなかった。&br();アタシじゃないけど、アタシだった。&br();共通の思い出が増えたってワケ。&br();&br();話すってゆーか。文字のやりとり含めて、言葉を交わすことには限界があると思うの。&br();洗いざらい、なんでも喋るひとなんていないし。そんなことされたら「どんだけ自分を知って欲しいワケ?」ってなるわよね。&br();&br();そのコの行動。表情。どんなときに笑うのか? どんなときに泣くのか?&br();「アタシと同じ」でも「アタシと違う」でもイイ。&br();そういう情報のほうが大事。&br();そのコ自身より、そのコを理解できちゃう部分もある。&br();&br();そのコは、カシハラ ユイトくんって名前らしいの。&br();会ったこともない、アタシだけどアタシじゃないコ。&br();&br();ほんと不思議体験。&br();ちょっと黙ったらヨハネのこともよぉーくわかったわ。&br();アタシって喋りすぎだったのかしら?&br();雄弁は銀☆沈黙は金。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.4&br();『アナタのパイをかじっちゃう♡ @O-Room』|ここしばらくオージ様に会えてないのよね……。&br();ちょっぴりイライラ☆ミカにゃんよ!&br();&br();愛しのオージ様とはゴブサタだけど、やっとユイトくんに会えたのよーっ。&br();ま。可愛げのないコよね。&br();でもわかる。このコは嘘をつかないコだって。&br();&br();よくもアタシやヨハネになりすましたモノよね。&br();不器用なクセに「他人にあわせられるから器用だ」って言うの。本心を隠したままで「ハイハイ」ってあわせるのは器用とは違うのよ!?&br();流れに身を任せるだけじゃ『生きてる』かどうかもアヤシイわよ。&br();&br();まずは、己を知ること。&br();そして、相手に知ってもらうこと。&br();&br();セルフプロデュースって言うじゃない?&br();アレってすっごい大事。&br();嘘をつくとか演じるとかじゃなくて『どう見えるか』を意識するの。そのためには『見せられる顔』と『見せたい顔』を解っておかなくちゃいけないワケ。&br();&br();ユイトくんにはそもそもの『セルフ』が見えないのよね……存在感がないかっていうと、そうでもないのが不思議。&br();&br();たぶん、理想がないのね。こうなりたいって人物像が。&br();&br();自分を消さなくても、うまくいくことはたくさんあるのよ?&br();伝え方さえ知ってればイイの。&br();……うまくいかなくたって、かまわないわ。&br();ミルフィーユみたいな積み重ねで、アナタの印象ができていく。&br();一度の失敗で、大切な出会いを逃さないで!&br();&br();ユイトくんはまだ『透明パイ』を重ねた『透明ミルフィーユ』だけど、食べたら意外と美味しかったりして♡&br();いっただきまぁーす♪|
|~MEMORY.5&br();『思い出したら笑えちゃう♡ @O-Room』|まさか、よね……。&br();アタシをオトメにしてくれたのは、ちっちゃいウサギちゃんみたいなコ。&br();&br();はぁ~ン? わかってるわよ、自分のことカワイイって思ってんでしょ?&br();……なんて思ってたコが、イザというときに頼れたりして。&br();『ギャップ萌え』なんて言うけど、結局は人間としての『幅』や『深み』よね。&br();&br();長く生きてれば身につくモノでもなくてさ。&br();アタシもまだまだ未熟だわよ。&br();&br();でも、『今なんだ』っていうタイミングはわかってる。&br();勝つか負けるかの瞬間。&br();得るか失うかの瞬間。&br();アナタはナニが欲しいの? ナニを捨てるの?&br();人生なんて、そんな瞬間の繰り返しよ。ボーっとしてたらナニも手に入らない。&br();余計なモノを持ち続けたり。本当に欲しかったモノを逃したり。&br();思ってもみなかったご褒美がもらえたり。&br();&br();アナタは、どんな人生を送りたい?&br();&br();クヨクヨしないで。後悔はしないでね。どんな出来事も、思い出したら笑うのよ。『自分を笑う』って高等技術だけどさ。&br();身につければ楽になれるスキルなの。&br();楽をするのは悪いコトじゃないわ。&br();&br();アナタはアナタを好きになってあげて。それでいいのよ。&br();きっともっと楽しくなるわ。&br();そして『ありがとう』を忘れないでね。&br();&br();もう語り尽くした気分♪&br();ああ、きれいな空。&br();アナタがどんな選択をしても、まだまだ物語は続く。&br();アタシにまた会いたくなったら、いつでも声をかけてちょうだい。&br();もう、友達だからね。|

** 楡舞哉 MAIYA.NIRE [#nire]
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|~MEMORY.1&br();『黒色曲馬団』|ようこそ、黒色曲馬団へ。&br();ここは、金を賭け、酒を飲み、狂宴に耽るための場所。&br();常連はクロカゲと呼ぶ。黒鹿毛は道化師の乗り物だからね。&br();&br();ここで起きたことは他言無用。&br();どんな恥をかいたとしても、気にすることはない。&br();いかに汚らしい行為も看過される。&br();この一晩は、君の本性を曝け出していい。&br();&br();なぜ、こんな場所がセブンスコードに存在するのか?&br();暗部のない人間はいないでしょ。&br();高潔ぶった奴ほど、何がタブーかを知っているんだ。それを犯さないために知らなくちゃならないんだよ。&br();枠の外にこそ甘美は宿る。&br();枠を破り、開放感に浸って欲しいんだ。&br();&br();ただし、ルールが3つ。&br();退屈しないこと。&br();踏み倒さないこと。&br();イカサマをしないこと。&br();これらは厳守してもらう。&br();&br();客がハメを外すたびに、僕は潤う。&br();僕自身は務めて禁欲的。&br();……なんて言ったら信じる?&br();&br();実際。残念ながら、クソ真面目な人間なんだよ。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『雨夜の星』|生まれたときの名は、ヒノハラ。檜原舞哉。&br();&br();地方都市の、そのまた郊外。築40年の公営団地で育った。&br();鉄の扉。コンクリの壁。細長い一部屋を区切っただけの、台所と寝室。&br();水道は錆を吐き、畳は湿気にうねっていた。&br();押し入れから引きずり出されて、僕は身を丸める。声をあげたら、隣人に気づかれる。気づかれたら、また殴られる。&br();&br();学校は楽しかった。&br();下手に自己主張をしなければ、誰からも罰せられない。国語は今も苦手だけど、勉強が好きだっ た。&br();理由をつけて、体育は休んだ。子どもの頃に折られた脚は、病院で診てもらえなかった。&br();いまも歪んでいるし、走れば転ぶ。&br();&br();放課後は図書館で過ごした。&br();あらゆる生化学書を読みあさった。&br();雨音が響く窓際の席。&br();「こんなに難しい本を。偉いのね」&br();真珠のネックレスが僕を覗き込む。どこか、隙のない女性。&br();&br();それもそのはず。&br();彼女はキャリア官僚であり、肩書は事務次官だった。&br();司書が僕を『特殊』だと感じ、旧知である彼女に報告したらしい。&br();特殊なのは、本の選び方?&br();それとも、青アザや、穴の開いた靴?&br();&br();「うちへいらっしゃい」&br();そのひとは、復元不可能なまでに僕を組み換えてしまった。|
|~MEMORY.3&br();『托卵の雛鳥』|彼女には息子がいた。&br();僕よりだいぶ年下の、クソガキ。&br();巣のなかに、ふたつの卵。彼は先住者。僕は?&br();&br();「勉強をみてやってくれる?」&br();そう頼まれて、ある実験を思いついた。&br();いつ、このガキがデタラメを教わったと気づくか。どこで、恥をかくのか。&br();どうやって、正しい解答に修正するのか。なにが、僕の目的だと考えるのか。誰に、報告するのか。&br();&br();あいつは予測外の反応を見せた。&br();まず、デタラメに自分で気づいた。集団内で恥をかくこともなく、迅速に修正をし、僕を含む誰にも報告をしなかった。&br();理由も詮索せず、何事もなかったように振る舞う。&br();&br();観察を続けて、母子の関係性は一般的ではないと判断できた。&br();母親は留守がち。息子は駄々をこねるでもなく、学校生活を楽しんでいる。&br();欲しいものは与えられているし、それを友人らと分かち合っている。&br();&br();笑顔を絶やさず、親の愛情を疑うこともない。&br();誰をも憎まず、皆に好かれ、日々を楽しむ。&br();&br();「一緒に遊びたいから、お兄ちゃんが好きなことを教えて」&br();心からの歩み寄り。少し考えて、答えた。&br();「僕は盗むのが好きだ。店にあるものを、こっそり鞄に入れる。店員に見つからなかったら君の勝ち。やってみる?」&br();あいつは眉頭を上げて、じっと僕を見た。&br();「そんなの、すぐに飽きちゃうよ。もっと長く遊べるゲームはない?」&br();言葉を選んでいるのがわかった。&br();なぜ『それは悪いことだ』と言わない?&br();僕と上手く付き合うためか?&br();なぜ親に言いつけない?&br();僕を排除したくないのか?&br();&br();答えは出ない。&br();だから、決めたんだ。&br();孵化するまえに、こいつという卵を叩き割ってやろう、と。&br();&br();僕は捕食者。&br();あのクソガキが、僕の本性を目覚めさせた。&br();飽きないゲームの始まりだ。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.4&br();『世の無軌道を知る神よ』|僕が神なら、彼女は殉教者だ。&br();僕のプロジェクトを守るために、彼女は自らを犠牲にした。&br();こんなはずじゃなかった。&br();すべて計画通りに進んでいたのに、馬鹿女がしくじった。&br();&br();ここまでのあらすじ。&br();計画の主軸に置いたのは、櫟 夜翰だった。&br();一目見て、ヨハネには葛藤や不満が慢性的に燻っていると感じた。11歳だった彼を追い続けて、もう8年。&br();そろそろアウロラに会わせたいと思った。&br();他の駒も出揃い、僕のボードは相関関係図で埋まっていった。&br();&br();だが、なにか物足りない。&br();中心がヨハネでは充分と言えない。&br();&br();一方で、アウロラは独自の人間関係を開拓しつつあった。&br();7人の少女。それぞれが思春期の悪臭に包まれながら、自己顕示欲を剥き出しにしている。&br();&br();セブンスコードは繁栄を極め、治安維持部隊として配置したSOATも興味深い動きを見せていた。&br();そして、見つけた。&br();主軸に置いて、最適な人物を。&br();&br();あと一手。&br();教授の庇護から引き剥がし、アウロラを丸裸にする。&br();これで何もかもがスムーズになるハズだった。&br();&br();本来。&br();彼女の失脚など、望んでいなかった。&br();彼女が親子水入らずで余暇を過ごそうなどと、考えるはずもなかった。&br();&br();間違った方向にドミノが倒れる。&br();もはや、引き返すことはできない。&br();&br();知っているよ。僕が神ではないこと。&br();僕はただ、セブンスコードの脳を切り開きたかっただけ。&br();それを無意義に貶めることに、意義を感じただけ。|
|~MEMORY.5&br();『終幕』|唯一の人間?&br();唯の人間?&br();ダブルミーニングだね。&br();&br();僕が見つけた『主人公』は、他の人間をも主人公に変えていった。&br();彼がそれぞれの性質を内包し、記憶していくことで、完成形に近づいていく。&br();思った通りなのに、思った通りがつまらない。&br();そういう気持ちがなくちゃ、生きていけない。&br();難儀だね。&br();&br();常識を薙ぎ倒しながら進みたかった。&br();それは常識ありきの考え。&br();道を踏み外したいのは、道を知っているから。&br();&br();残念ながら、僕はクソ真面目な人間なんだ。&br();&br();始まりは侘しい情景。&br();徹臭い押し入れに隠れて、綿の出た布団に顔を埋める。&br();どうして殴られるのか、どうしたら殴られずに済むのか、考える。&br();なにをすれば愛してもらえるのか、考える。&br();&br();「なにをすれば愛してもらえるの」と訊かれても、答えられなくて当然。&br();僕自身が答えを知らずに生きてきたのだから。&br();&br();僕を叔父と呼ぶ、弟。&br();悔しいけれど、僕はあいつに憧れていた。&br();いまとなってはどうでもいい。&br();とっくに、僕の命運は尽きている。&br();&br();可笑しな話。アウロラが少女たちを襲ったとき、シンパシーを感じた。&br();おそらくアウロラは愛して欲しかったのだろう。&br();ふと、僕のしていることが救済だと思えた。倫理に反していたとしても、責められたものじゃない。&br();&br();嫌われ者の善行は、偽善者の悪行より綺麗だ。&br();&br();僕も一度は、主人公になりたかったよ。|

** 椎名鞘子 SAYAKO.SHIINA [#sayako]
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|~MEMORY.1&br();『主人公』|その寒村で、私の人生は封印された。&br();&br();下校すると、アパートがマスコミに囲まれていた。&br();捜査員が次々とダンボールを運び出す。&br();私たちの持ち物は、証拠品。&br();母は、犯罪者。&br();集落で唯一の美容室を営んでいた母は、客と金銭問題を起こし、犯行に及んだ。&br();聞かされたのはそれだけ。詳しく調べようとも思わない。&br();&br();都市部に住む叔母に引き取られたけれど、噂はすぐに広まった。&br();犯罪者の子。レッテルは貼られたのではない。刻まれたのだ。&br();早く、この狭い場所から逃げ出したかった。&br();&br();東京の専門学校で学び、資格を取り、私は就職した。&br();上京後の二年間、どうやって家賃を稼いだのか。&br();それは知らないほうがいい。&br();&br();研究所の事務員として採用された理由――&br();それは、私に身寄りがなかったから。&br();友人もなく、口が堅い人間と判断されたから。&br();堅いもなにも会話は必要最低限。&br();眼鏡と髪で目を覆い、夏でもマスクをしていた。&br();私は、存在してはいけない人間。&br();&br();この性質が、研究所では重宝された。&br();機密文書の処理は私に任された。&br();&br();「仕事が早いね」&br();話しかけないで。&br();「どうして顔を隠すの? 君は印象的だ」&br();うるさい。&br();「印象のない人間には、人生がない。君には人生が詰め込まれている。つまり、君は主人公なんだよ」&br();&br();なに?&br();おかしなひと。けれど、笑ってしまったわ。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『希少種』|「綺麗な髪だね。のばしっぱなし?」&br();「美容室の匂いが苦手なの。パーマやカラーの匂い。ときどき、毛先を自分で切るだけ」&br();「僕に切らせてよ。僕の部屋で」&br();&br();普通なら断る。でも、私は普通じゃない。&br();彼の部屋に行った。壁にコルクボードがあって、顔写真が画鋲で吊るされている。知らない顔ばかり。赤い糸が、相関図を描いている。&br();「なに、これ? 昔の刑事ドラマみたい」&br();「レトロだよね。そんなことより、髪を濡らそう」&br();&br();シャワーを浴びて部屋に戻ると、彼は鋏を並べていた。&br();「本格的ね」&br();「今日のために揃えたんだ」&br();私を椅子に座らせ、背後に立つ。櫛を通す。&br();ざくりと、私の一部が切断された。&br();床に落ちたそれは、鴉の死骸のようだった。&br();咄嗟に立ち上がり、「切りすぎよ」と彼に向き合った。&br();このほうが似合う。綺麗だ」&br();&br();彼がそう思うのなら、それでいいと思えた。&br();頭が軽くなり、過去から解放された気がした。&br();&br();「いま、君と正反対の人を探している。印象のない、主人公ではない人。でも、底なしの空洞ではダメなんだ。カラの器じゃなきゃいけない。思春期を過ぎると、そういう人間は減ってしまう。希少種だ」&br();「見つけて、どうするの?」&br();&br();…… ふうん。面白そう。&br();けれど、そのためには手順が必要ね。&br();「私に任せて」|
|~MEMORY.3&br();『崇拝者』|任務完了。&br();研究所が費やした莫大な使途不明金。予算に認可を出した役人。&br();文書を管理していたのは私。告発は容易だった。&br();&br();アウロラの存在は国家的機密事項。どう説明する?&br();チェックメイトよ、教授。&br();&br();報道が動き、野党議員が動き、国会が動いた。&br();証人喚問には、文部科学省の事務次官が呼ばれた。&br();彼女は研究所の盾となり、沈黙によって『S-psC』が示すもの―― アウロラを守った。&br();政府中枢の関与を否定し、公営VRIRであるセブンスコードをも守った。&br();&br();彼女は、自己犠牲の道を選んだ。&br();私には、その理由がわからなかった。&br();&br();数週間後。出勤すると、研究所がマスコミに囲まれていた。&br();捜査員が次々とダンボールを運び出す。&br();教授が業務上横領罪に問われたのだ。結果は不起訴処分。&br();それでも、所内で失脚させるには充分だった。&br();予算は打ち切り。教授のプロジェクトは終わり。&br();&br();『彼のプロジェクト』は暗闇で継続された。&br();すべては思惑通りになった。はず、なのに。&br();「なぜ、彼女を巻き込んだ?」&br();彼は激怒していた。&br();&br();以前は犯罪者の娘だった。今の私は?&br();「僕が望んだのは教授の失脚だけだった」&br();私は当事者。&br();「彼女の名を出したのは君だ」&br();私は告発者。&br();「どうやって償う?」&br();敗残者。懺悔者。&br();&br();「あなたのために、なんでもするわ」&br();&br();今の私は、崇拝者。|

** 榎本草流 THOR.ENOMOTO [#thor]
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|~MEMORY.1&br();『天網恢恢疎にして漏らさず』|もう鈴虫が鳴いてる。&br();このあいだトマトやキュウリを収穫したばかりなのに。&br();&br();じいちゃんばあちゃんとの畑仕事は楽しい。学校よか全然。&br();友達はいっぱいいるし先輩からのウケもいい。けど、疲れる。&br();&br();「東京でライブやろうぜ」って先輩が言いだした。&br();オレはギターで、先輩はドラム。バンドやってる。&br();「ちょっと金額がキツイっす」&br();やんわり断ったけど却下。&br();「先輩、駐禁きられたばっかじゃないですか。罰金あるでしょ?」&br();「あんなワッカ、切っちゃえばいいんだよ」&br();は?&br();「俺が運転してたって証明できないじゃん」&br();はぁっ?&br();「勝手に車、使われたんですって。戻ったときにはワッカなかったんでって言えば、それまでだから」&br();嘘だろ。サイテー。&br();&br();東京のライブまで。それ終わったら抜けようって思った。&br();&br();東京の、しかもアイドルの女の子と同じ楽屋。&br();マジかー。&br();「靴がない」って困ってるコがいた。「これじゃない?」っておしえたら「ありがとうございます」って。黒髪の、優しそうなコ。&br();もう二度と、会うこともないんだろーな。&br();&br();やっぱライブは大赤字。&br();知らないおっさんから『セブンスコードのID』とやらをもらっただけ。&br();&br();結局、ヘタな言い訳は通用せず。&br();先輩は駐禁の罰金を払うことになった。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『そしてオレは網にかかった』|メニューからマップを選択。&br();行きたい地名をタップすれば瞬間移動。&br();&br();便利だよな、セブンスコードって。&br();けどオレは地下鉄派。&br();ここには必要ないのに、なんで設置したかな?&br();&br();駅は7つ。ドームを中心に丸っとチューブが走ってる。&br();チューブっていう呼び方はイギリス式らしい。廃線になるってウワサだけど、残してほしいな。&br();地下鉄は人だけじゃなく、町ごと動かすものだから。&br();&br();リアルでは、ローカル線で三島に出て、新幹線に乗らないと東京に行けない。遠いってほどじゃないけど。&br();じいちゃんばあちゃんが心配だから、オレは地元を出られない。&br();小遣い稼ぎにセブンスコードなら、アリ。&br();&br();はじめはSOATの入隊試験を受けようと思ってた。&br();それがあるとき、クロカゲにスカウトされてしまった。&br();オージってひとが声をかけてきた。&br();「やっと見つけた。手間かけさせやがって」&br();オレを捜してたってこと?&br();&br();ともかく。賭場は制服がカッコイイし、SOATより給料がいい。&br();いずれ植能も買える。それまでの辛抱だ。&br();&br();クロカゲはハキダメ。&br();いつまでもこんなとこにいちゃダメだ。&br();オージさんみたいになっちゃダメだ。&br();&br();なんでオレは、いつもどっかから抜けたがってんだろう。&br();この世に『正しい場所』なんてないのかな。|
|~MEMORY.3&br();『ちっぽけな懺悔とありったけの正義』|泣いている女の子は、まだ大丈夫。&br();&br();犯罪モノでは、最後に犯人が動機を話す。&br();そのうち何割かが『復讐』。&br();実際には、復讐のために罪を犯すひとは少ないと思う。&br();「わたしのせい。ここに来なければよかったの」 \&br();みんな、自分を責める。&br();そういうコは、泣かない。壊れていく。&br();&br();オレは何人、見殺しにしてきただろう。&br();ウルカがクロカゲに来たとき、このコが壊れるのは見たくないと思った。&br();&br();方法はみっつ。&br();1) 罰を受けさせない。つまり、勤勉に働かせ続ける。&br();2) ニレの『お気に入り』の座を奪われないようにする。他のコをニレに近づけない。&br();そして&br();3) 逃がす、もしくは連れ出す。&br();&br();3は、ありえない選択肢だった。&br();&br();オレにとってウルカが特別だった理由。&br();なかなか思い出せなかった。&br();&br();靴だ。&br();よくある黒いローファー。でも、彼女のだって憶えてた。&br();「わたしの靴、知らない?」&br();すぐそばに転がってた。彼女はステージ用の低いヒールに履き替えていた。&br();シンデレラの王子様みたいに、差し出したかった。&br();もっと話したかった。&br();なのに「これじゃない?」って指さしただけ。&br();&br();東京のライブでのこと、ずっと後悔してたんだ。&br();&br();連れ出す。このクロカゲから、おまえを逃がす。&br();もう、後悔はしたくないんだ。|
** ヘッダ HEDDA [#hedda]
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|~MEMORY.1&br();『リーダー≠センター』|あたしが中学でやりたいことは、ひとつだけ。&br();アイドル! ただのアイドルじゃなくて、世界的! みたいな。&br();&br();小さい頃、あたしとお兄ちゃんが歌ってる動画をママがアップしたの。&br();世界中から『いいね』された。&br();でも、2本目、3本目は選曲と服の色がイマイチだったみたい。&br();お兄ちゃんは、あたしのためだけに作曲してくれるって約束した。ほんとうに音大に行ったんだよ?&br();&br();あとはメンバーを集めるだけ。&br();小学校から一緒のドリスとファニ。&br();ドリスはひょろひょろしてるだけで、ファニは男みたい。&br();あたしだけ目立っちゃうかな?&br();&br();3人でもできるけど、あと4~5人は集めようってことになった。&br();どんな子がきても、センターはあたしって自信があるんだ。&br();誰よりもがんばってるし、才能あるし、かわいいし。&br();&br();ファニが、エルケとコニって子を。ドリスが、ゲルタって鈍そうな子と、アリセって気の強そうな子を連れてきた。&br();さいしょ、アリセには気をつけなきゃって思った。ダンスうまいし。&br();でも、間違ってた。&br();&br();地味で、マジメで、つまらない。&br();そんなエルケが、メンバーを仕切り始めた。自然と、そうなってしまった。&br();&br();わかってるよね? リーダーが誰であろうと、センターはゆずらない。&br();リーダーなんてマネージャーと変わらない。裏方だよね。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『いちばん』|違う。ドリスが退がるの!&br();そしたらエルケが前に出る。&br();あたしの言うとおりにやれば、間違いないんだから。&br();&br();「フォーメーション、みんなで考えたほうがよくない?」&br();あたしのお兄ちゃんが作った、あたしのための曲なんだよ?&br();「でも、歌詞はエルケが書いてるんだし」&br();あんな歌詞、誰だって書ける。&br();「曲ごとにセンターを変えたほうがいいんじゃない?」&br();冗談でしょ? ナニ言ってんの?&br();&br();こんなにがんばってるのに。&br();なんで文句ばっかり言うの?&br();&br();でも、がまんしなきゃ。自分勝手やってたら嫌われちゃう。&br();最近のアウロラみたいに。&br();&br();「わたしはトクベツ」ってバカみたいに繰り返してる。&br();歌えるわけでも踊れるわけでもない。努力もしない。ただゲームして、あたしたちを撮影してるだけなのに。&br();「あんたも参加すればいいのに」&br();ムリってわかってて、誘ってみた。&br();&br();「あなたたちはバラバラ」って言われた。ムカツク。&br();あたしがみんなをまとめる。&br();ハルツィナを、いちばんにしてみせる。&br();&br();エルケが、セブンスコードっていう新しいVR空間について話しだした。&br();広告塔になるアイドルを探してるオジサンがいるって。&br();そのひとと会って相談することになった。&br();いわゆる『売り込み』。&br();あたしを見れば、きっと気に入るはず。&br();&br();やっぱりね。&br();あたしは、いちばんのグループの、いちばんの人気者になる。|
|~MEMORY.3&br();『努力・責任・断頭台』|歴史的にも、妬まれやすい女性は槍玉にあげられるの。&br();マリー・アントワネットだって贅沢して当前なのに、処刑されちゃった。&br();王妃には、王妃らしく振る舞う責任があるのに。&br();&br();アリセもあたしを妬んでる。きっと他の子たちも。&br();&br();小さい頃から慣れてる。&br();みんな、あたしが羨ましくてしょうがないの。&br();ドリスとファニがおどおどしてるのも、あたしには勝てないってわかってるから。&br();そういうのは自然なこと。&br();不自然なのは、アウロラみたいな子。&br();&br();偉そうなエルケは気に入らないけど『アウロラ排除』には賛成。あの子、不気味すぎるもん。&br();あたしのこと、じーっと観察してるみたい。&br();「あなたは7人のなかで最上位ね」だって。&br();あたりまえじゃん。努力してるもん。&br();&br();あたしがバイバイしようって決めたら、バイバイ。&br();あたしは、あたしのしたことに責任を持つって決めてるの。&br();恨むなら恨んで。&br();ハルツィナがうまくいかなかったら、それもあたしのせい。&br();最初から失敗すると思いながら歌ったりしないけどね。&br();&br();あたしはぜんぶを背負う。&br();努力してダメなら責任を持つ。&br();だけど、最後までプライドは捨てない。&br();断頭台に向かうときも、すっと背筋を伸ばして。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.1&br();『the Doll House』|なにが起きたんだっけ。&br();あたし、待ち伏せをされた。&br();あれから、どのくらい眠っていたんだろう。&br();&br();ここはどこ?&br();教室。&br();でも、ぼろぼろ。まるで何十年も使われていないみたい。&br();みんながいる。ハルツィナのメンバー。&br();それぞれの席に着いている。&br();「ねえ」って肩をつついても、誰も返事をしてくれない。&br();目は開いているのに、どこも見ていない。&br();人形?&br();&br();チャイムが鳴って、気づいたら教壇に先生がいた。&br();待って。ちがう。&br();真っ黒な影だ。人じゃない。&br();ソレはぐんぐんと大きくなっていく。天井を舐めるように教室を覆い尽くしていく。&br();「あなたは天使? それとも悪魔?」&br();氷の息を吐きながら、ソレは言った。&br();&br();…… 凛烈なる心にて、傲慢たる者を罰せよ。&br();&br();傲慢? あたしとなんの関係があるの?&br();&br();やだ。こわい。&br();誰か助けてよ。&br();&br();「大丈夫。きっと、アウロラが助けてくれるよ」&br();コニ?&br();「なんで喋れるの? みんな、人形なのに」&br();「人形なんかじゃない。わたしは、みんなに会いにきたんだよ」&br();&br();コニは泣いていた。&br();あのときと同じように。|
|~MEMORY.A.2&br();『Passing Away』|「なにも憶えていないのね。思い出さなくてもいい」&br();朽ちた教室で、コニが言う。&br();「ねえ、なにか変なの。とても身体が冷たいの。空気を感じない」&br();「ここには重力も気圧もないの。だから、かな」&br();「ここはどこ?」&br();&br();コニは答えてくれなかった。代わりに「みんなに伝えたいことはある?」って、質問を返してきた。&br();「みんな。みんなはどうしたの? なぜ動かないの?」&br();「わたしが話せるのは一度に一人だけ。いまはヘッダと話しているから、他のみんなとは話せない」&br();&br();なんで、コニだけ?&br();……あの夜。あたしたちは練習の帰り道、ガードレールに腰掛けているアウロラを見つけた。&br();「待ち伏せ? 言ったよね、もうオワリだって」&br();アウロラがナニを持っているのか、よく見えなかった。&br();&br();たぶん、あたしが最初だった。&br();痛いとかはなくて、どすんとした衝撃に驚いた。&br();『この子、ナニやってんの?』って思った。&br();身体が濡れているのがわかった。生温かい、水よりも重たい液体。蛇口をひねったみたいに、あたしの首や肩に流れてた。&br();&br();やっと痛みを感じた。&br();すぐに爪先から冷気が広がって、景色が暗くなって、みんなの悲鳴が遠のいた。&br();&br();もうだめ。ママとお兄ちゃんのことを少し、考えた。&br();どうしてこうなっちゃったんだろうって、悔しいままに。&br();あたしは死んだ。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.3&br();『Cornelia』|「なにが起きたのか、思い出したよ」&br();あたしは幽霊になったんだ。&br();「みんなも同じだよね?」&br();でも、コニは違う。&br();「あんたはひとりだけ、助かったんだね」&br();コニは返事をしない。&br();「他にも助かった子がいるの?」&br();&br();「助かるって言葉、違うと思う」&br();&br();あんたは生きてるんでしょ?&br();あたしは死んだんでしょ?&br();「助かったんじゃないなら、他になんて言うの?」&br();「残された」&br();&br();残りたかった。あたしが残りたかったよ。&br();生き残ったことで被害者ヅラしてるコニが、憎い。&br();「わたし、みんなに会いに来たの。もっと早く来るべきだった。ルシファーの言葉に耳を貸さないで」&br();ルシファー?&br();&br();「ヘッダはヘッダのままでいて。負けないで」&br();&br();うるさいうるさいうるさいうるさい。&br();そんなことはどーだっていい。&br();なんでコニなの?&br();みんなのなかで『たったひとり』として選ばれるのは、あたしのはずなのに。&br();&br();「あんたはアウロラに媚びてたもんね。だから生き残って、そうやって偉そうにしてる。カッコわるいね。あたしを、見下さないで」&br();コニは少しだけ目を丸くして、微笑んだ。&br();&br();「いつものヘッダだね。そのままでいいよ」&br();&br();いつものあたし。&br();こんなあたしだから、ルシファーに選ばれちゃったんだね。&br();もっと時間が欲しかった。&br();もっと、変われるチャンスが欲しかったよ。|

** アリセ ALICE [#alice]
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|~MEMORY.1&br();『わたしじゃだめ?』|ドリス。モデルみたいにスタイルがよくて、キレイ。&br();同じクラスだけど、話したことはなかった。&br();&br();「アイドルやらない?」って、他の子に声をかけてた。&br();うん。わかる。あの子のほうがアイドルっぽいよね。&br();わたしなんかより。&br();&br();何人かに断られて、やっとわたしに気づいたみたい。&br();何番目? どれだけ妥協したの?&br();「わたしじゃないほうがいいんじゃない?」&br();少し困った顔をしてから、ドリスが言った。&br();「アリセよりダンスが上手い子はいないよ」って。&br();「やる気があるかどうかが、大切なんだよ」って。&br();&br();そっか。そうだよね。&br();ヘッダやコニみたいにかわいくなくても。ドリスやゲルタみたいにキレイじゃなくても。ファニやエルケみたいに人気者じゃなくても。&br();きっと、わたしだけを見てくれるひとがいる。&br();きっと、そんなひとを見つけられる。&br();&br();アイドルになれば、きっと。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『キミにはわからない』|制服って便利。&br();小学生の頃は私服だった。&br();ウチは貧乏だから、いつも同じ服を着てた。&br();よくからかわれた。洗濯が間に合わないと、妹の服を着なくちゃならなかった。スカートが短くて、また、からかわれた。&br();&br();制服なら安心。&br();でもアイドルの制服は、いつも同じじゃダメみたい。&br();&br();エルケが考えてきたデザインは、すごく豪華で『ホンモノのアイドル』みたいだった。&br();「もっと練習して上手くなってから作らない?」&br();「ダメだよ。ライブに間に合わないもの」&br();ライブ? え、聞いてない。&br();「配信でいいじゃん! なんでお金かけなきゃいけないの?」&br();「他と同じじゃダメだから。チラシの印刷代も用意してね」&br();待って、待ってよ!&br();もし、払えないって言ったら。みんなはわたしをどうするの?&br();&br();ドリスが「相談きくよ」って隣に座った。&br();お金持ちで、スタイルがよくて、そのうえ優しいんだ?&br();余裕があるひとは違うよね。&br();&br();ひとりになりたかった。廊下のすみっこまで走った。&br();気づいたら、ろーらがうしろに立ってた。&br();「お金、払ってあげる」&br();「そんなのよくない。ろーらもお金持ちなんだ?」&br();「違う。用意するお金は税収の一部。あなたの親が支払ったものを還元すると言っただけ」&br();え? 意味わかんない。&br();&br();「あなたはいつもドリスに嫉妬している。あなたは、あなたにしかなれないのに」&br();&br();気づいたら、わたしはろーらを叩いていた。|
|~MEMORY.3&br();『選ばれないわたし』|「セブンスコードで活動することになったから」&br();すごい、いきなり。&br();ヘッダが決めたら、それで決まり。&br();今回はエルケとゲルタも賛成みたい。&br();&br();プロデューサーのユノキさんとチャットして、売り方もわかった。&br();あやしいところはないって確認もとれた。&br();あのライブ1本で運命が変わった。&br();「このことはメンバー以外には秘密だから。アウロラも遠ざけてね」&br();賛成。そもそも部外者だもの。&br();&br();「待って。わたしはアウロラと友達のままだから」&br();突然、コニが立ちあがった。こんなコニ、はじめて。&br();「活動が忙しくなったら会ってるヒマないよ。放課後の練習も収録も、ろーらには見せられなくなるし」&br();コニとろーらはクラスが別だから、ほとんど遊べなくなる。&br();「アウロラはメンバー同然でしょ? 遠ざけるなんてオカシイ。アリセを外せって言われたら、ドリスはどうする?」&br();&br();……なんで、わたし? ドリス、なにか言ってよ。&br();&br();「わたし、やめる。アイドルやめるよ」&br();コニの態度はハッキリしてた。&br();「ボクらとは友達やめるってこと?」&br();ファニは悲しそうだった。&br();「そこまでして、ろーらを選ぶの?」&br();コニは黙った。&br();&br();「ろーらのこと、みんな嫌ってる。わたしたちよりろーらを選ぶの、ヘンだよ」&br();わたしは嫉妬してた。&br();みんなに引き留められているコニに。&br();コニに大切にされている、ろーらに。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.1&br();『the Doll House』|ここに来てから、時間の感覚がない。&br();廃校の教室。&br();でも、わたしたちの教室。&br();まるで、世界の終わりにタイムスリップしたみたい。&br();ハルツィナのみんなは静止画。&br();動かない。きっとニセモノ。&br();ニセモノのドリスも美人。&br();&br();チャイムが鳴る。なにかが始まるの?&br();教壇に、どす黒い影が現れた。大きなうねりが押し寄せる。&br();&br();…… 迅雷が閃光のごと、嫉妬の罪を裁け。&br();&br();影は教室を這い回り、わたしに顔を近づける。&br();「あなたは蛇? それとも竜?」&br();青白い牙が、わたしを痺れさせる。&br();嫉妬。わたしはいつも、誰かを妬んでいた。&br();&br();もう、あきらめちゃおう。&br();自業自得だよね。&br();&br();「大丈夫。きっと、アウロラが助けてくれるよ」&br();コニ?&br();「わたし、キミが妬ましいよ」&br();「そうだよね。不公平だったと思う」&br();&br();コニは泣いていた。&br();あのときと同じように。|
|~MEMORY.A.2&br();『Passing Away』|「まだあきらめないで。あなたはアリセのままでいて」&br();朽ちた教室で、コニが言う。&br();「もうムリ。だって、しかたがないなって思うもの」&br();「あなたは重すぎる報いを受けた。利用されてはダメ」&br();利用される? 誰に?&br();「ろーら? ろーらが、わたしを?」&br();コニは頭を横に振った。&br();&br();「アウロラの望みは、もっと単純だった。ただ、わたしたちと元どおりになりたかっただけ」&br();「ろーらが悪いんだよ。元どおりになんてなれないじゃん。もう、二度と」&br();&br();わたしとヘッダだけ、だったのかな?&br();そのあとのことは知らない。&br();ドリスは、どうなったんだろう。&br();&br();……あの夜。わたしたちは練習の帰り道、ガードレールに腰掛けているアウロラを見つけた。&br();ヘッダが向かっていった。わたしはアウロラが銀色のナニかを持っているのに気づいて、マズイって思った。&br();&br();わたしの目と頬に、飛沫がかかった。&br();ヘッダの温度。&br();あ、次はわたしだ。逃げなきゃ。スローモーション。&br();走り出そうとしたのに、身体が硬直していた。&br();「やめて」って、言ったと思う。&br();ろーらにも聞こえたと思う。&br();でも、やめてくれなかった。&br();&br();倒れたんじゃなく、アスファルトが飛びかかってきたような錯覚。&br();頬骨がぶつかったのがわかった。&br();世界が横向きになってから、倒れてるって理解した。&br();&br();他のみんなは逃げられるんじゃないかなって。&br();それってズルイんじゃないの? って思いながら。&br();わたしは死んだ。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.3&br();『Cornelia』|「コニは死ななかったんだね。ずっとろーらをかばってたから」&br();ズルイ。&br();「ドリスは? ドリスもろーらには親切だったよね?」&br();あんなことをされるのオカシイ。&br();「ドリスは死んでないよね?」&br();叫ぶみたいに、わたしは詰問した。&br();「優しいね。アリセみたいな友達がいて、ドリスはしあわせだよ」&br();それ、答えになってない。&br();&br();「ろーらを味方にできたコニこそ、ラッキーだったよね」&br();それで生き残れたんだもん。&br();「アウロラは誰の味方でもない。いまも、ひとりのまま」&br();「でもコニは、ろーらの友達なんだよね?」&br();「そう思ってた。アウロラが本当にトクベツなんだって、知るまでは」&br();知ってたんなら、わたしたちに警告できたんじゃないの?&br();&br();「わたしのことは許さなくていい。レヴィアタンの言葉に耳を貸さないで」&br();さっきの、大きな蛇のこと?&br();&br();「ヘッダは傲慢。アリセは嫉妬の悪魔に狙われているの。レヴィアタンに憑かれたら、嫉妬の渦に呑み込まれる」&br();だからもう。それはわかってるんだってば。&br();自業自得なの。&br();だっていまも、コニが妬ましくてしょうがないもの。&br();&br();「わたしはただ自信がなかっただけ。自己嫌悪するたびに、才能とかお金が足りないせいだって、恵まれた誰かを羨んでた。そのほうが楽だったから」&br();足りないぶん、頑張ればよかっただけなのに。&br();「でも、ろーらのやったことはヒドすぎるよ」&br();「うん」って、コニが頷いた。&br();「コニだってズルすぎる」&br();もう一度、コニが頷く。&br();&br();妬ましいよ。&br();コニはろーらと一方通行じゃないから。&br();なんでわたしは、誰からも選ばれなかったの?|

** ゲルタ GERTA [#gerta]
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|~MEMORY.1&br();『イライラするの』|親、先生、友達。&br();誰かが何気なく口にした一言。頭に残ってイライラするの。&br();電車で本を読んでいるとき、お風呂で髪を洗ってるとき、ふっと思い出してイライラするの。&br();&br();お母さんが「今日も不機嫌ね」ってイヤミっぽく笑う。&br();「ためこまないで、ムカっときたときにパっと言っちゃいなさい」&br();そんなことしたら嫌われる。&br();そういうのが許されるタイプって、私が許せないタイプの子だから。&br();&br();ヘッダとアリセは、そういうタイプ。思ったときに思ったことを言っちゃう。&br();ファニはからかうばかりで、ドリスはオドオド。&br();リーダーのエルケが注意するまで、みんな好き勝手やってる。&br();&br();そういえばコニって、なに考えてるんだろう?&br();いつも輪の外で、ろーらとふたりで黙って見てる。&br();&br();「ねえ、どうしていつも怒っているの?」&br();ろーらが言った。私を観察してたの?&br();&br();それってほんと、イライラする。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『花火のキラメキ』|最近、みんながろーらの悪口を言い始めた。&br();&br();誰が始めたかはあやふやで、もしかしたら私かもしれない。&br();ちょっとしたグチに、誰かが同調して、誰かが膨らませた。&br();でも、そのおかげで結束できてたりする。&br();&br();アイドル練習のあと「校舎の屋上で花火をしよう」って、ファニが詰め合わせを持ってきた。&br();色が変わるやつ、彼岸花みたいにはじけるやつ、頼りない線香花火。&br();アリセがバケツに水を汲んできた。安全第一。&br();ろうそくを立てて、着火。しゅーっと光が吹き出す。&br();&br();あれ? ろーら、来たんだ?&br();コニが誘ったのかな。&br();「ろーらは花火もはじめてでしょ?」&br();「ほら、こっち側を持って。火をつけてみな、キレイだよ」&br();「終わったら、バケツの水に浸けてね」&br();みんな『嫌われ者にも優しい私』を演じてる。&br();&br();緑、黄色、赤、あっという間に一本、また一本。&br();花火はバケツに放り込まれていく。&br();さっきまで輝いていたものが、湿った紙屑になっていく。&br();私たちの『今』も色褪せていく。&br();みんなの捌け口になっていたろーらは、このバケツみたいだなって思った。&br();&br();「卒業して、オトナになっても。忘れちゃいやだよ」&br();本心だった。&br();ろーらだけは、この瞬間を忘れないんじゃないかって気がした。&br();&br();それからすぐのことだった。&br();エルケとヘッダが、ろーらを『はぶく』と決めた。|
|~MEMORY.3&br();『ぜんぶあなたのせい』|もう限界。&br();ドリスが「ハルツィナを抜けるかも」って相談してきた。それを黙ってたことでエルケとアリセから責められた。&br();みんなはろーらを『はぶく』と言い、コニは「それならやめる」と言う。&br();ファニは中途半端で、ヘッダはみんなを支配しようとする。&br();&br();「みんな黙って!」&br();全員沈黙。&br();「ドリスはモデルやりたいんでしょ? だったら抜けて。代わりにアウロラを入れればコニは納得だよね? あとはみんながガマンするだけ。これ以外の方法は受け入れない」&br();「でも、セブンスコードの契約が……」&br();「エルケが決めたんだからエルケがハナシつけて」&br();「アウロラはアイドルをしたくないかも」&br();「そっちはコニがなんとかして」&br();「ろーらと活動するの、わたしはイヤ」&br();「アリセはガマンの意味わからない?」&br();&br();ここでヘッダがクるのは予測してた。&br();「なに偉そうに指図してんの? あんたが決めることじゃないでしょ」&br();「指図してるのはあなた。いつもみんなをイラつかせる。謙虚になって」&br();再び、全員沈黙。&br();これで解決するはずだった。&br();&br();「面白いね。あなたたちは、人間そのものだね」&br();&br();アウロラが来て、意味不明なことを言った。&br();「あなたも人間でしょ」&br();私が返したら、なぜかコニがびくっとした。&br();&br();「みんなのために、人間になってもいい。もう、トクベツをやめたいの」&br();&br();なにそれ。キモチワルイ。&br();オワリだよ、アウロラ。&br();あなたとはつきあえない。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.1&br();『the Doll House』|泣いて、喚いて、眠る。&br();目覚めたら、その繰り返し。&br();教室の扉は頑丈で、机を投げつけても破れない。&br();こんなに古びているのに。&br();&br();ハルツィナのみんなにイラつく。&br();無反応。ときどきまばたきをしているけれど、動かない。&br();話しかけても無駄だとわかって、全員を突き倒した。&br();みんな、目を開けたまま床に横たわっている。&br();&br();耳障りなチャイムが鳴る。&br();ごおっという音がして、教壇が燃え始めた。&br();&br();…… 烈火炎々、憤怒の罪を焼き尽くせ。&br();&br();「あなたは悪魔ね。私たちもみんな悪魔」&br();深紅の爪が、私の頬を撫でた。&br();悪魔を創り出すのは人間。&br();人間こそ、赦しがたい悪魔。&br();&br();『赦せないこと』は疲れる。自分を削る。&br();おなかのなかが熱い。&br();胴が抉られそう。&br();&br();「大丈夫。きっと、アウロラが助けてくれるよ」&br();コニ。&br();「余裕ね。あなたはいつも免除される。誰からも咎められない」&br();「わたしが何も決められなかったせい。覚悟がなかったせい。でもいまは、みんなの力になりたいの」&br();&br();コニは泣いていた。&br();あのときと同じように。|
|~MEMORY.A.2&br();『Passing Away』|「感情に支配されてはダメ。あなたはサタンを引き寄せている」&br();サタン。やっぱり悪魔なのね。&br();「支配されないために、感情を吐き出したいの」&br();「解るけど、このままではゲルタ自身を焼き滅ぼしてしまう」&br();違う。滅んだりしない。&br();燃え尽きないから、地獄なの。&br();&br();「憤怒は、最も本能的なのかもしれない。腑から湧き起こる」&br();「最も? 他になにがあるというの?」&br();「アウロラは、わたしたちの性質を七つの大罪になぞらえていた」&br();何様のつもり? 高みから見下ろして、私たちを分類したの?&br();まるで虫けら扱いね。&br();&br();……あの夜。練習の帰り道、アウロラがヘッダを襲った。続け様にアリセも。次は私だ。身を守り、反撃しなくてはと思った。&br();一撃目は鞄に当てさせた。&br();次をどうやって躱すか、1秒で無数の考えが浮かんだ。&br();どれも実現不可能な考えはかり。&br();&br();手詰まりになって「逃げて」と叫んだ。&br();振り返ると、ファニもドリスもコニも、馬鹿みたいに立ち尽くしていた。エルケは通報の姿勢になっていた。&br();『せめて大声で助けを呼んだら?』ってイラついた。&br();そのとき、背後から喰らった。&br();ヘッダとアリセを襲ったあとだったから、それは鈍い打撃になっていた。私はよろめいて、両の掌と膝をついた。&br();&br();次の瞬間、ぷつりとブラックアウト。&br();首を折られたのだろう。何を思う間もなく。&br();私は死んだ。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.3&br();『Cornelia』|「アウロラはいま、どこにいるの?」&br();コニは「わからない」と答えたけれど、嘘だ。&br();「あなたがアウロラを引き入れた。ハルツィナのメンバーでもないのに、仲間として扱った。ぜんぶあなたのせい」&br();気が弱いコニは、これで黙るはず。&br();&br();「違うよ。みんながアウロラを仲間にしたんだよ」&br();&br();意外。反論するんだ?&br();「ゲルタは忘れてる。アウロラと過ごして、楽しかったはずだよ」&br();「そんなはず、ない」&br();「アウロラは忘れてないよ」&br();「だったらなぜ、あんな残酷なことをしたの?」&br();「忘れられなかったからだよ」&br();&br();忘れることと、赦すことは、近い。&br();そうできたら楽なのに、と思う。&br();&br();「私は、アウロラのしたことを忘れない。アウロラを放さない」&br();&br();コニは俯いて、言った。&br();「だとしたら、もうすぐなにもかも忘れられるよ。あなたは憤怒の感情と、その柱を守ることだけに夢中になる」&br();柱?&br();「あなたは、自分が誰なのかも思い出せなくなる。それでもいいの?」&br();いいよ。&br();自力で忘れるより、赦すより、簡単で素敵。&br();&br();サタンの力が手に入れば、怒りで怒りを産み出せる。&br();みんな、私と同じになればいい。|

** ファニ FANNI [#fanni]
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|~MEMORY.1&br();『こにこにこ』|中学生! もう大人抜きで遊びに行けたりするのかな?&br();すーっごいわくわくー☆&br();&br();学校帰りにお店に入れるんだよね? 休み時間におやつ食べてもいいんだ!&br();超自由な気分☆&br();&br();……からのー、登校初日。&br();ボクはもう息がとまるかと思った。自分の出席番号が貼られた席。その後ろに座る、キミを見て。&br();窓際がよかったとか、そんな気持ちも吹っ飛んだ。&br();&br();キミは、耳にかかる黒髪を指先で遊ばせながら、読書をしてた。&br();膝と膝をしっかりくっつけてるのが見えたから、あ、緊張してるな? って気づいた。&br();はじめましてってカタいよね。だから……&br(); 「おはよー。キミのこと、なんて呼んだらいい?」&br();…… ビックリさせちゃったかな。&br();「コニだよ。あなたは?」&br();はぁー。声もカワイイよぉ。&br();&br();席、逆だったらよかったのに。ボクがうしろなら、ずーっとキミの背中を眺めるよ☆&br();&br();小学校から友達やってるヘッダが「アイドルやらない?」って。&br();部活はめんどくさいし。もし、コニが一緒にやってくれるなら……。&br();だってさ。&br();コニはボクが憧れる、最高ーっの女の子だから。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『もやもやも』|んー。なんでかな。&br();せっかくの修学旅行。&br();ボクとコニは同じ班。ずっと一緒にいられるって思ったんだけどな。那覇の国際通りをまわって、市場へ行って。&br();ムーンビーチでもいっぱい遊ぶつもりだった。&br();&br();ろーら。もうちょっと遠慮できないかな?&br();コニを独り占めだよ。&br();ふたりで夕陽を見に行っちゃった。&br();&br();帰ってきたコニの様子がおかしい。&br();深夜になって「まだ起きてる?」ってつつかれた。コレを待ってた!&br();「起きてるよ。ナニ?」&br();枕投げって雰囲気ではないな。&br();「アウロラのことなんだけど」&br();んー。そうきたか。&br();&br();「寂しそうなの。ハルツィナの正式なメンバーになれたら、もっとみんなと打ち解けるんじゃないかな」&br();「でもそれ、ろーらが断ってきたじゃん。やりたがってない子はメンバーにできないよ」&br();「目標が分かってないだけだよ。ひとつ達成したら次の目標。そうやって打ち込めたら『終わらないゲーム』になるでしょ?」&br();「あー。次から次にゲームやってるもんね。終わらないっていうか、飽きないゲームがあればね」&br();「だから、アイドル活動を『飽きないゲーム』にできないかな?」&br();&br();本人がアイドルに興味ないのに?&br();ボクもコニにしか興味ないけど。&br();「無理強いはできないよ」&br();「そう。そうだよね」&br();&br();あのときボクが、ろーらをアイドルに誘っていたら。&br();無理にでもメンバーにしていたら。&br();ナニか変わったのかな。|
|~MEMORY.3&br();『がらがらが』|電話口のコニは怯えきっていた。&br();飼っている猫が興奮したので、落ち着かせようと抱きあげた。&br();猫はコニの胸を蹴って、道路に飛び出した。&br();そして、車に轢かれた。&br();&br();ここまではわかった。&br();わからないのはここから。&br();&br();ろーらが自分の指をかじって、猫のおなかを「かきまわしてくっつけた」。&br();獣医に連れて行ったら、前脚の骨折だけだと言われた。&br();「待って。内臓が破裂してたんだよね? くっつけたってナニ?」&br();&br();コニは言った。&br();『アウロラは、ほんとうにトクベツなのかもしれない』&br();&br();嘘だとは思わないけど、信じられない。&br();「そのこと、ボク以外には話さないほうがいい」&br();精一杯のアドバイスだった。&br();&br();あの頃。&br();みんなは妙にイラついていて、その矛先をろーらに向けていた。&br();ボクとコニには『ヤバイ』って直感があった。でも、手の打ちようがなかった。&br();ろーらをかばったらボクらがヤバイ。&br();ろーらを仲間にしておくのもヤバイ。&br();ろーらは危険。&br();&br();「ファニはどう思う?」&br();ボクにはわからない。&br();ボクには決められない。&br();&br();もう、めんどくさい。&br();みんなの言うとおりでいいよ。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.1&br();『the Doll House』|ものすごく疲れてるんだ。&br();生まれ変わったら、カメかカタツムリがいい。&br();この教室に閉じこもったまま、眠っていたい。&br();なにも考えたくない。&br();&br();写真をボードに貼りつけたみたいに、ハルツィナのみんなも動かない。&br();平和だよね。&br();コニと話したいけど。&br();&br();チャイムが鳴って授業開始。&br();ボクは机に突っ伏したまま、起きない。&br();&br();…… 身を横たえしままに、怠惰なる者を罰せよ。&br();&br();「キミは醜いね。悪いけど、眠らせてくれる?」&br();なにもかもがめんどくさいんだ。&br();&br();どうしてここにいるのか、考えるのはやめた。&br();これからなにが起こるのか、怖がるのもやめた。&br();すべてをシャットアウトして、眠る。&br();&br();「ファニ、動き出さなきゃダメだよ」&br();コニ? やっと再会できた!&br();眠るより好きなこと。それはキミと過ごすことだよ、コニ。&br();「あなたは一緒に戦ってくれるよね?」&br();「戦うって、なにと?」&br();&br();七つの大罪。&br();セブンスコードの捕縛。覚醒と審判。&br();それらを防ぐ。そのために、ボクはベルフェゴールに負けてはならない。&br();怠惰ではいけないと言う。&br();「確かにボクは怠け者かもしれないけど。キミを泣かせないためなら」&br();&br();コニが微笑む。&br();いつものように。|
|~MEMORY.A.2&br();『Passing Away』|D.C.システムの発動を防ぐために、ボクとコニは戦わなくてはならない。&br();「ボクが怠惰なら、他のみんなは?」&br();……ふうん。納得。&br();&br();じゃあ、コニは色欲ってこと? それってピンとこないんだけど?&br();「彼氏がいたことあるの、わたしだけだから、かも」&br();「彼氏がいたの?」&br();「去年、2ヶ月だけ」&br();そんなのってない。信じたくないよ。&br();「ろーらは知ってたんだ?」&br();「うん」って、そっちのほうがキツイ。ボクには話せなかったんだね。&br();&br();どこまでの付き合いだったのか、とか。聞きたくもない。&br();イヤな気持ちになるなら知らないほうがいい。&br();だけど、なにかひっかかる。&br();ろーらが言っていたこと。なんだっけ?&br();&br();……あの夜。練習の帰り道、アウロラがボクらを襲った。&br();エルケは通報しようとしていた。少しでも早く警察に来て欲しかった。&br();「ろーら、やめようよ」&br();ボクは声を振り絞った。 エルケから気を逸らしたかった。&br();「あなたはなにもしていない」&br();「え?」&br();「コニは、なにも罪を犯していない。あなたは、なにもしなかった」&br();もう一度、聞き返そうとした瞬間。&br();ボクは頭を叩き壊された。&br();ぼんやりとした視界の隅に、エルケとドリスが倒れ込んだ。&br();&br();「あのあとどうなったの? 現実世界のボクはどうしてるの?」&br();「ファニは、ずっと眠ってる」&br();&br();ボクは、死んでいない。&br();いやちょっと待って。ボクは『なにもしなかった罪』なんだよね?&br();無罪のコニは、なんでここにいるの?|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.3&br();『Cornelia』|ろーらはコニを傷つけなかったんだよね?&br();キミはなぜ、セブンスコードにいるの?&br();「みんなと会いたかったの。ひとりはイヤだから」&br();「それで? なんでログアウトしないの?」&br();「現実世界に戻ったら、ひとりになっちゃうから」&br();ダメだよ。キミは戻らなきゃ。&br();&br();……ああ、わかった。コニは寂しがりで甘ったれなんだ。&br();&br();「彼氏なんて嘘でしょ。色欲は空席。キミが自分で居座ってるんだ」&br();「みんなと離れたくない」&br();「みんなって、ろーらとも?」&br();「アウロラには、わたしたちが必要なの」&br();ろーらのために存在するなんて、バカバカしい。&br();いまのままじゃろーらの思うまま。&br();&br();なにもしなかったから、ボクは意識を奪われた。それがアウロラのルールでアウトなら「ボクは怠惰を貫く」。&br();「それはダメ。七つの悪魔が揃ったとき、捕縛が開始されるの」&br();「なら、コニがリアルに戻ればいいんじゃない?」&br();「ダメなの。いまは戻れない」&br();あれもダメ、これもダメ。&br();「そんなんじゃ打つ手がないよ」&br();&br();『怠惰を貫く』ことをやめたとき、本当の『怠惰』になる。&br();希望がなきゃ、なんにもできない。&br();「リアルのボクは、もう目を醒さないの?」&br();……返事してよ。&br();「怖くないから、教えて。ボクは回復しないの?」&br();「医者は、そう言ってた。損傷が大きすぎるって」&br();&br();じゃあもうどーでもいいよ。&br();セブンスコードがどーなってもいい。&br();コニと一緒にいられるなら、このままでいいよ。|

** エルケ ELKE [#elke]
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|~MEMORY.1&br();『交錯』|要領が良い悪いってあるでしょ?&br();なんでも効率的にできるはずなの。ルールを守りながら、最良の選択をする。タイミングは外さない。&br();&br();それは、アイドルだって同じ。&br();仕切り屋のヘッダには仕切らせておけばいい。わたしは縁の下の力持ち。&br();このハルツィナには可能性を感じるから、時間と労力を投資してみたいの。&br();&br();楽曲と振り付けはヘッダに任せる。&br();わたしはプロモの策を練る。&br();どうしたら人の目に留まるか。衣装とキャラ。ありきたりじゃダメ。&br();&br();VRだけじゃなく、リアルのライブもやる。&br();ノルマは厳しいけど、初めは赤字覚悟。&br();ワンマンはまだムリだから、ブッキング。&br();&br();……なんなの? 静岡のパンクバンドとイベントって。&br();かっこわるい。客も呼べないみたいだし、こっちのプラスにはならない。&br();楽屋が一緒って最悪。&br();ギターの男の子が、コニに話しかけてた。&br();やめてよね、ウチの商品なんだから。&br();&br();お客様のお見送り。&br();眼鏡をかけた、ひ弱なおじさんが「良かったよ」って言ってくれた。&br();「セブンスコードってわかる?」&br();なに? 気持ちが悪いんだけど……。&br();&br();ひとり約5千円の赤字。さあ、次のライブはどうしよう。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『排除』|このところ、揉め事ばかりが続いている。&br();まずはアリセ。&br();新しい衣装を作ることに反対の様子。&br();理由はわからない。&br();&br();そしてヘッダ。&br();誰かと衝突しては意見を通そうとする。&br();&br();ゲルタは突然キレて、全員にいちゃもんをつけた。&br();ドリスは練習にすら参加しない日がある。&br();ファニとコニは傍観者。&br();このままでは、アウロラの言う通り。バラバラになる。&br();「それでもいいの?」&br();グループチャットで呼びかけた。&br();リアルでのライブに失敗したことで、みんながVRに注目し始めた。広告収入に繋げるためには、相当なアクセス数を確保しなくちゃならない。&br();&br();「セブンスコードで活動するなら、僕らがスポンサーになる」&br();ライブで声をかけてきたおじさん。&br();「君たちなら必ず収益をあげられる。PVや宣材の撮影はプロにやらせよう。プロデューサーもつける」&br();名刺には『公益財団法人セブンスコード業務執行理事/国立研究開発法人SpsC研究所副所長』と書いてある。&br();&br();東京での打ち合わせ。&br();その内容次第で契約を決めることになった。ヘッダとゲルタを連れて行った。&br();「まずは、君たちの関係性を知りたい」&br();キャラづくりのためだと言う。&br();&br();「じゃあ、ここで話したことは他言しないでね。メンバー以外とは接触しないように。7人だけ。他の友達とは距離を置くように」&br();&br();まずは、アウロラを排除することにした。|
|~MEMORY.3&br();『渇望』|「セブンスコードとの契約、勝手に決めるなんてヒドイよ」&br();渡り廊下でドリスに呼びとめられる。&br();モデルになるためにハルツィナをやめるつもりだったらしい。&br();&br();「アウロラに代わってもらうはずだったのに」&br();「それこそ勝手だよね? みんなに相談すべきだった」&br();「エルケとヘッダじゃ話にならないもの。ゲルタには相談したけれど」&br();&br();ドリスがゲルタを頼ったと知れば、アリセは嫉妬でおかしくなる。&br();そうと判っていて、アリセに伝えた。&br();&br();思ったとおり。アリセはドリスとゲルタに食ってかかった。&br();泣き落としが功を奏している。どうにか引き留められそう。&br();&br();あとはコニ。&br();アウロラへの執着を捨ててもらわなくちゃ。&br();ファニの「友達やめる」が響いてるといいけど。&br();感情的なヘッダは、いざとなったらわたしが論破する。&br();&br();誰一人、抜けさせない。&br();現状のハルツィナじゃなければ、売り物にならない。&br();セブンスコードは最大の顧客。&br();商品価値を維持しなくては、買ってもらえない。&br();&br();わたしはアイドルで成功したいわけじゃない。&br();欲しいのは成果。&br();アリセの家が貧しいと聞かされたけど、だからなに?&br();要領よく生きなくちゃ。強くならなくちゃ。成果を積み重ねなくちゃ。&br();&br();今の自分を哀れんでいたら、未来は見えない。&br();わたしは自分の手で勝ち獲る。&br();豊かな、満たされた人生を。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.1&br();『the Doll House』|几帳面って、よく言われる。&br();すべては成果のため。&br();要領も良い。効率的に動ける。&br();&br();ここでは、何をしたらいいのか判らない。&br();動き続けないと落ち着かないのだけど、できることが限られている。&br();教室の扉は開かない。&br();本も筆記用具もない。&br();チョークはさっき、使い切った。黒板いっぱいに歌詞を書いた。&br();机を並べ替えてみたり、ひとりで歌ったり。&br();非生産的。&br();&br();だから、チャイムが鳴ったときは嬉しかった。&br();誰かが来る。何かが起こる。&br();&br();…… その根と蔓で、強欲たる者を吊るせ。&br();&br();現れたのは、化物。&br();それでもいいと思えた。会話ができるのならば。&br();「わたしはエルケ。キミの名前は?」&br();…… マモン。&br();そう、強欲を司る悪魔なのね。わたしはキミを『使う』ことができる。この教室から出られる、ということね?&br();わかった。強欲な者に審判を下せばいいのね?&br();&br();「エルケ、その悪魔と話してはダメ」&br();コニは、マモンと殆ど同時に現れた。&br();まるで両肩に乗って囁く、天使と悪魔。漫画みたい。&br();「だったらコニ、あなたが外に出してくれるの?」&br();「いまは無理だけど、方法があるはず」&br();「どんな方法?」&br();&br();コニは混乱していた。&br();あのときと同じように。|
|~MEMORY.A.2&br();『Passing Away』|「すごく悪いことが起きているの。悪魔の力を使ってはダメ」&br();「どうして? 理由を説明できる?」&br();コニは、わたしを納得させることができなかった。&br();&br();ここがどういう場所なのかは想像がつく。&br();地獄かもしれないけれど天国ではない。辺獄かな。&br();悪魔が現れたのだから、当然『悪いことが起きている』のでしょうね。&br();その慌てぶりから、コニがわたしを救いに来たとも思えない。&br();「どうせ、なにもできないんでしょ?」&br();&br();……あの夜もそうだった。&br();わたしは携帯を取り出して、通報しようとした。ゲルタが「逃げて」と叫んだけれど、置いて逃げる気にならなかった。&br();ファニが何か言って、アウロラの気を引いてくれていた。&br();まだヘッダもアリセも生きているに違いない。早く助けないと。全員で生き残らないと。&br();判断ミス。&br();逃げればよかった。&br();『もしもし。どうしましたか?』&br();遠く、受話器から声が聴こえた。目玉だけ動かすと、ひとり、混乱して泣いているコニが見えた。&br();&br();「キミは偽善者だよね。他人を助けているようで、自分だけ助かろうとしている」&br();「ごめん、エルケ。そういう話は後にしよう。いまはわたしの話を聞いて。セブンスコードを守らないと」&br();&br();守ったところで、誰が得をするの。&br();「ここを出て、ハルツィナのライブを続けたいでしょ?」&br();どうかな。&br();それって虚しくない?&br();だって、わたしはもう死んでいるんだもの。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.3&br();『Cornelia』|「あなたと同じ言葉で話す。そういう努力をしてみる」&br();コニは深刻に、切羽詰まったように眉根を顰めた。&br();「セブンスコードでライブを続ければ、少なくともエルケの家族は得をする。でも捕縛が始まったら、なんの利益も生み出せなくなる」&br();「捕縛って何?」&br();「もうすぐ、誰もログアウトできなくなる。ここは閉ざされた地獄になる。わたしたちは悪魔になる」&br();「悪魔と同化するということ?」&br();「早くしないと、自分の意思で動けなくなるの」&br();&br();セブンスコードでは、未だハルツィナのライブが続いているのだそうだ。&br();文字通りのHalluzination。&br();「なぜドリスが『幻覚』という単語を選んだのか、考えてみたの。そもそもアイドルって偶像でしょ。実業ではなく虚業。観客の手元に商品は残らない。実在するかどうかは関係ないの。ログが残ればいいのよ」&br();&br();どうして、あんなにハルツィナが大切だったのだろう。&br();&br();「でも、悪魔になりたくはないでしょう?」&br();「アリなんじゃない? アイドルになれる子は大勢いる。悪魔になれるなんて凄いことかも」&br();&br();いかにもせわしなく、コニは「もういい」と話を切った。&br();「ドリスを説得する。失敗したら、わたしがひとりでなんとかする」&br();ムリなんじゃない?&br();そう言おうとして、やめた。そのかわりに質問をした。&br();「あなたにとってのハルツィナって、なに?」&br();その返答は、コニ自身が想像した以上に残酷だった。&br();&br();「おもいで」|

** ドリス DORIS [#doris]
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|~MEMORY.1&br();『黒い森』|Halluzination…… ドイツ語で『幻覚』。&br();わたしのママはドイツ人。&br();ザールラント州ノインキルヒェンという、小さな町の出身。&br();フランスのパリまで車で2時間。都市部、フランクフルトへも車で2時間。&br();&br();フランクフルトのフランクフルトはおいしい。&br();あたりまえすぎるけど。&br();移動遊園地の屋台でさえ、おいしい。&br();パリへは行ったことがないけれど、たぶん、なんでもおいしいんじゃないかな。&br();&br();わたしにとっての食べ物は、おいしいかどうかじゃない。&br();腹持ちがいいかどうか。&br();体質なんだけど、食べても食べても太らないの。すぐにおなかが減るの。&br();アリセは「ダイエット要らずでうらやましい」って言うけど、楽じゃない。&br();&br();授業が終わるたびに、クマのグミを1袋。&br();お昼は2人分。アイドルの練習中は、ブレイクごとにおにぎり3コ。&br();&br();食べれば少しは力が出る。&br();それでも、ヘッダみたいにはなれない。&br();あんなにガツガツして、疲れないのかな……?&br();みんなを押さえつけようとしているみたい。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『旋律を外れて』|アイドルになりたかったわけじゃない。&br();はじめは楽しいかもって思えた。&br();だんだん、みんなとの付き合いが辛くなっていった。&br();&br();土曜日。ママと買い物に行ったとき、モデル事務所の人から声をかけられた。みんなには内緒のSNSアカウントをフォローしてくれてるって。&br();実は、何度か「モデルにならないか」ってDMを受け取ってた。&br();詐欺かもって疑ったけど、本物だった。&br();&br();先輩モデルの撮影を見学させてもらって、雑誌のエディターに紹介された。&br();カメラマンがテストシュートをしてくれて、褒められた。&br();何日もハルツィナの練習を休んだ。&br();&br();具合が悪いって嘘をついてたけど、もう限界。&br();エディターから専属にならないかって誘われた。&br();決めなきゃ。アイドルか、モデルか。&br();両方はムリ。&br();&br();わたしには、アリセとゲルタを誘った責任がある。&br();「やめるかも」って言い出せない。誰かに相談しようと思ったとき、たまたまゲルタとふたりきりになった。&br();「7人で揃えてきたでしょ。わたしが抜けたら困るかな?」&br();「アウロラが穴埋めになるんじゃない? 曲も振り付けも覚えてるはずだし」&br();&br();エルケとアリセは怒るだろうな。&br();「まだ秘密にしておいて」って、ゲルタに頼んだ。&br();&br();アイドルかモデルか。気持ちは決まっていた。&br();アウロラにも「代わって欲しい」って伝えてあった。&br();&br();もっと早く、みんなに話すべきだった。|
|~MEMORY.3&br();『投げた匙を握れ』|わたしにとっての食べ物は、おいしいかどうかじゃない。&br();悩みを、一瞬でも忘れさせてくれるかどうか。&br();&br();空気、読めるほうじゃない。&br();でもツッコミもらえる『食いしん坊キャラ』は得だよね。&br();「ドリスったら、おなかすいてんの?」&br();「しっかりしてよ。おにぎりでも食べな」&br();たぶん、本気でひとを怒らせたこともないし、本気でひとに怒ったこともない。食べればぜんぶ解決。&br();&br();ゲルタがイライラを爆発させるのと同じ。食べる。&br();ヘッダがワガママを言うのと同じ。食べる。&br();エルケが成果主義に燃えるのも、アリセが嫉妬深いのも、所詮は捌け口でしょ?&br();食べて忘れたほうが、ひとに迷惑をかけずに済む。&br();&br();これで思いっきり太れたら、よかったのに。&br();もう踊れなくなるくらい。着られる服がなくなるくらい。&br();&br();なにも考えたくない。&br();モデルもアイドルも、どうでもいい。&br();そういうところはたぶん、ファニと似てる。&br();一緒にいてバランスがとれるのはアリセだった。&br();「友達だよね? なんでわたしに相談してくれなかったの? ドリスのことは誰よりわかってるのに」&br();縛りつけてくれるアリセは、わたしがふわふわしないために必要だった。&br();&br();「アウロラが代わりになれるって思った? あんなのドリスとぜんぜん違う。アウロラはもう、友達でも仲間でもない。切るから」&br();&br();早くなにか食べなきゃ。&br();食べて食べて食べて、忘れなきゃ。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.1&br();『the Doll House』|おなかはすいてない。&br();でも、なにかを口にしたい。&br();こういう感覚は、動物にはないのかな?&br();&br();手持ち無沙汰を通り過ぎて、わたしは呆然としていた。&br();何度かパニックになったけど、それがいつのことなのか思い出せない。&br();教室に並んだ机。&br();そのすべての引き出しを調べた。何か入ってないかなって。&br();できれば食べ物。&br();ハルツィナのみんなのポケットも探った。&br();フリーズしたままの人形。&br();なんでわたしだけ動けるんだろう?&br();&br();「ドリス! よかった、まだベルゼブブと会っていないよね?」&br();コニ? どうやってここに現れたの?&br();人形のなかにコニがいないのは当然だった。&br();ここは、生きている人間の場所ではないから。&br();「コニ……。死んだの?」&br();唇を噛みしめ、悔しそうにコニが首を振る。&br();「キミは生きているんだから。そんな顔をしないで」&br();「残されたほうがツラいって言ったら、ドリスは怒る?」&br();「怒らないよ。わたしだって、おじいちゃんのお葬式がツラかったもの。残されたおばあちゃんは本当に悲しそうだったもの」&br();&br();堰を切ったように、コニは泣き崩れた。&br();「ごめんね、寂しかったでしょ」&br();背中を撫でた。嗚咽するごとに、コニの身体は熱くなっていった。&br();&br();「ドリスは謝らないで。わたしこそ、ごめんなさい。みんなと会いたかった。セブンスコードに来れば、まえみたいに話せるって思った。でも、利用されてたんだよ」&br();「誰に利用されているの? さっきのベルゼブブってなに?」&br();&br();…… その翅に烈風を乗せ、暴食の罪を裁け。&br();ああ、これがベルゼブブね|
|~MEMORY.A.2&br();『Passing Away』|わたしは悪魔に拐われて、地獄に墜ちるのかな。&br();&br();「ドリス、ベルゼブブと話しちゃダメ」&br();「これは悪魔よね?」&br();「研究所が作ったの。ドリスというデータを壊す、ウイルスのようなもの」&br();いまのわたしが『データだ』と言われると、少しショック。&br();&br();……あの夜が、わたしとコニの分かれ道。&br();アウロラは激しく息を乱していた。&br();頭から爪先まで赤黒いペンキをかぶったみたい。瞳だけ妙に輝いている。&br();動かなくなった子もいたし、呼吸に肩を揺らしている子もいた。&br();まだ息のあるエルケが「走って」って言った。&br();走るためには、立ち上がらなきゃと思った。膝から力が抜けて、わたしは座り込んでいたから。&br();コニがわたしの手を握って「早く」って言った。&br();そのとき。 信じられないくらいバカっぽい言葉が、口をついて出た。&br();「おなかがすいて、動けない」&br();アウロラもコニも唖然としていた。&br();この感じだと、わたしは殺されないのかなって期待した。&br();でも違った。&br();わたしは死んだ。&br();&br();「たぶん、アウロラには殺すっていう感覚がなかったんだと思う」&br();「わたしたちが死なないと思ってたの?」&br();「生き返らせられると思ってたのかも。アウロラはトクベツだから」&br();&br();コニの説明が本当なら……&br();秘密裏に、研究所がわたしたちを『伻生』させようとしている。&br();アウロラの特別な力を使って。&br();&br();「だから希望を持って、協力してほしいの」&br();「協力って?」&br();決然とした表情で、コニはわたしの肩を掴んだ。&br();「ふたりでセブンスコードを守ろう」|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.3&br();『Cornelia』|七つの大罪、捕縛、覚醒、審判。&br();だいたいのことはわかった。&br();「アウロラは、なんのためにそんなことをしてるの?」&br();「アウロラじゃない。これは研究所の実験なの。わたしたちは被験者に影響を与えるための道具」&br();「このベルゼブブも道具なの?」&br();コニが頷く。&br();「他のみんなは?」&br();&br();……わたし以外、全員がコニの頼みを断った。&br();わたしが最後の一人。&br();&br();アイドルかモデルか。決められなかった。&br();結局、みんなを裏切ってアリセを傷つけた。&br();もし、本当に『伻生』が可能だとしたら。&br();「それをやっているひとたちと、この実験をしようとしてるひとたち。同じ研究所だよね? それなら、実験に協力すべきだと思う」&br();「伻生は…… わたしの推測でしかないの」&br();希望を持たせるための嘘ってこと?&br();&br();「この実験は危険なの? 最後に、なにが起きるの?」&br();&br();「わからない。でも、みんながみんなじゃなくなる。こうやって話すこともできなくなる。覚醒や審判で、誰かを傷つけることになる」&br();「傷つけるって……。ここはセブンスコード。現実じゃないんだよ?」&br();「現実にも影響があるの」&br();コニは「お願い」を繰り返す。大粒の涙を零しながら。&br();&br();ハルツィナは、いつも多数決だった。&br();ヘッダやエルケのゴリ押しもあったけど。&br();みんながコニに賛成しなかったのなら。&br();万が一、みんなが『生き返れる』のなら。&br();&br();「ごめん、コニ。キミは生きている。わたしはみんなと一緒だから」&br();コニは絶望の表情を浮かべた。一方のわたしは。&br();&br();いまはただ『甘いものが食べたいな』って思ってる。&br();わたしの思考回路って、いつもそんな感じなの。|

** コニ CONNI [#conni]
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|~MEMORY.1&br();『はじまりの風景』|もう、おわり。&br();どうしてこんなことになったの? &br();わたしひとり、どうしたらいいの?&br();&br();&br();わたしは、友達をつくるのがニガテ。&br();&br();中学に入ったときも不安だった。&br();出席番号順に並んだ机。わたしの前はファニという子だった。&br();男の子みたいで、優しくて、のんびり屋。授業中は居眠りが多いから、よくノートを貸していた。&br();おしゃべりできるようになってからは、毎日が楽しかった。&br();&br();隣のクラスのヘッダは、小学校からファニと仲が良いみたい。「友達だよ」と紹介された。&br();ふたりが話していると、わたしは何も言えなくなる。&br();&br();アイドルを始めたのは、ひとりになりたくなかったから。&br();&br();あの子は、誰だろう?&br();ずっとこちらを見ている。ハルツィナの6人は輪になっていて、外側が見えていないみたい。&br();ヘッダに訊いたら「同じクラスの子で、ついてきちゃった」と言う。&br();わたしも、ファニについてきただけなのかも。&br();&br();あの子に、声をかけてみよう。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『アウロラ』|このひと、知ってる。&br();ライブのときエルケに声をかけてきたひと。&br();セブンスコード。そこへ行けば「もうひとりじゃない」。ほんとうなの?&br();&br();アウロラは、わたしとは違う。&br();「友達とか仲間とか、わからない」と言いきる。&br();わたしは影響されやすいから、みんなの言葉、みんなの姿勢を、自分の一部にしていく。そのうちに、わたしらしさを失っているのかも。&br();&br();修学旅行は沖縄だった。&br();みんなは海や鍾乳洞を楽しみにしていたけれど、アウロラは平和祈念資料館で立ち尽くしていた。&br();「これって、いつの戦争?」&br();いつって……&br();第二次世界大戦、1945年8月に終結。100年以上前とはいえ、それがわからないなんて不思議。&br();&br();ココナッツの実にストローをさして、ふたりでジュースを飲んだ。&br();「これって生き物よね?」&br();生き物? 「植物だから、まあそうだね」と答えた。&br();笑ったら、目をそらす。でも、なんだか嬉しそう。&br();&br();なぜだか、アウロラといると自然体でいられる。&br();『わたしらしく』いられる。&br();「夕日が海に沈むのを、見に行かない?」と誘ったら&br();「太陽は地球より大きいの。海には入らない」だって。&br();おもしろいね。&br();&br();「終わらないものがあるよ」って、慰めたつもりだった。&br();でもアウロラは、寂しそうなままだった。|
|~MEMORY.3&br();『あなたと過ごした時間』|わたしが生まれるまえから、ネロはうちの猫。&br();もうおばあちゃん。いつも一緒に寝て、一緒に起きて、学校から帰ると玄関で迎えてくれる。&br();&br();いつもの帰り道。沖縄より澱んだ夕陽。&br();アウロラとふたりきり。&br();みんなが決めたことを、わたしが伝えることになっていた。&br();でも理由を説明することができない。セブンスコードのことは秘密。みんながアウロラをどう思っているかは、伝えるべきじゃない。&br();&br();「あのね。わたしたち、これから忙しくなりそうなの」&br();「それなら、帰りが遅くなるってユウダイに言う」&br();「アウロラは大丈夫。いままでより、早く帰れるようになると思う」&br();「なぜ?」&br();「もっとハルツィナに集中しようってことになったの」&br();「わたしが大丈夫なのは、なぜ?」&br();&br();だめ。これ以上は無理。&br();エルケかヘッダが話すべき。&br();&br();「なにか、おかしな気持ち」&br();「え?」&br();「あなたはわたしより若い。だけど、もうすぐ消えてしまう。これまでは100年が1秒のようだった。あなたとの1時間は1000年のよう」&br();意味が、わからない。&br();「もうすぐ消えるって、どういうこと?」&br();「100年以内に死ぬんでしょう?」&br();「……そうだね。でも1時間が1000年なら、1日は24000年だよ」&br();「おかしいの。ここでバイバイと言って別れるでしょう? 明日また会うまでの12時間は1万年」&br();「計算が難しくなってきたね。でも、待ち遠しいってことだよね?」&br();「待ち遠しい?」&br();&br();ツタ模様の鉄柵を開く。&br();「もう、うちだから。また明日ね」&br();伴を回して、ドアを開けたとき。ネロがわたしの足元に来た。&br();「ねえ。わたしは大丈夫なの?」&br();アウロラの声を聞くと、ネロは毛を逆立てて、うなった。&br();&br();わたしを守ろうとしたんだと思う。&br();人間の1年は、ネロの5年。&br();もうすぐ消えてしまう。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.1&br();『Cornelia』|はじめてアスモデウスと話したとき。&br();『これは悪魔じゃない。人間だ』と気づいた。&br();知っている人。&br();&br();「驚いたね。気づいたのは君だけだ。さすがだね」&br();「ほんとうのあなたは、おとなだった」&br();「おじさんだって思った? 精神年齢はこんなもんなんだよ」&br();「ここは精神世界。みんなもまだ、ここに囚われているんでしょ?」&br();&br();ウサギを追って、穴に落ちる。&br();不思議の国に迷い込む。&br();わたしは彼を追い、ときには追い越し、みんなの心を巡った。&br();&br();7の悪魔。&br();言葉は人間。&br();仕掛けはウイルス。&br();箱を開けたら、取り憑かれる。&br();&br();「君は箱を開けないの?」&br();最後の砦となるために、わたしはセブンスコードを彷徨いつづける。&br();「絶対に開けてはいけない。……そう言うと、みんな開けちゃうんだよね」&br();そうだね。あなたには勝てないのかもしれない。3&br();&br();だって、勝ちたくないから。&br();&br();願いはひとつ。&br();アウロラに知ってもらいたいことがあるの。&br();そのためなら、箱を開けてもいい。&br();きっとみんなも同じことをする。&br();&br();これで終わりだって思った瞬間に、わたしたちは目を覚ますの。|
|~MEMORY.A.2&br();『Surviving』|あの夜、わたしの不安が的中した。&br();考えすぎだと思おうとしたのに。&br();&br();アウロラは『生の正体』を知らなかった。&br();それを奪うことに躊躇がなかった。&br();誰がどんな罪を犯したかなんて、ほんとうは関係ない。&br();ただ、引き留めようとしただけ。&br();&br();「なんにでも終わりがある」と言ったのは、終われないからなんでしょう?&br();みんな過ぎ去っていく。いっときの友達。&br();失わないためには、奪わなくてはならない。&br();あなたの記憶に刻まれることで、友達は永遠になる。&br();&br();何度でも再生する。&br();あなたは不変で無限。&br();疑いようもなく、いつまでも日々は続く。&br();このセブンスコードも同じように『終わらない』と思ったのね。&br();&br();わたしも過ぎ去っていく。&br();「終わらないものがある」なんて、嘘。&br();&br();始まるものは終わる。&br();永遠なんてないんだよ。&br();&br();だから、終わらせるために始めようよ。&br();&br();……「わたしが生きられるのは夢のなかだけ。これも、ぜんぶ夢」&br();&br();ひとりきり、置き去りにしないでよ。&br();もう、あなただけの夢じゃないんだよ。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.A.3&br();『Unbreakable Cage』|わたしは、ウルカ。&br();そう名乗ったほうが分かりやすいかな。&br();&br();ユイト。あなたにとって、どんな12カ月間だった?&br();アウロラのことを知ってくれて、ありがとう。&br();たくさんの思い出を、ありがとう。&br();&br();もう終わったことを『思い出』と言うんだよね。&br();あなたは終わらせることができたのかな。&br();この空は閉ざされたまま?&br();&br();捕縛とか、そんなことをしなくても同じだった気がするの。&br();わたしはセブンスコードに縛られていたんじゃない。&br();わたしがわたしの心を縛りつけていた。&br();&br();逃げ出そうとしたときから、居心地の悪い場所になる。&br();檻か窓か。感じたとおりの場所になる。&br();&br();アウロラは違う。&br();開放してあげて。&br();&br();アウロラを縛るもの。&br();それは、わたしたちにはどうにもできないもの。&br();&br();すべてが終わったとしても、まだまだここにいたいなって思う。&br();変かな?&br();べつにかまわないよね。&br();&br();この12カ月間を、忘れない。|

** アウロラ AURORA [#aurora]
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|~MEMORY.1&br();『記憶の出発点』|その時代、『生』と『死』の境目は曖昧だった。&br();『死』を定義できなかった。&br();&br();肉体に大きな損傷があれば判断が易しい。自然死の場合、誤って生きたまま埋葬される者も珍しくなかった。&br();呼吸や脈拍を正確に測定する術もなかったし、仕方がない。&br();&br();声を出さなくなった。動かなくなった。&br();その状態を『死』と捉え、彼らはわたしに死装束を着せた。&br();鹿の毛皮を縫い合わせたドレスと帽子。熊の皮で作られた靴。神への供物や巫女と同じ扱いをしてくれた。&br();副葬品としてハナウスユキソウが手向けられ、風葬の処置がなされた。&br();&br();何度か鳥に啄ばまれたけれど、傷はたちまち塞がった。&br();氷の礫が吹きつけても、痛みすらない。&br();凍傷になるまえに新しい細胞が作られ、肉体は代謝を続けた。&br();苔や微生物、自らの剥がれた組織すら喰らい、形が保たれた。&br();&br();その12ヶ月の間に、地殻変動によってクレバスが出現した。&br();わたしは眠りながら、深い深い裂け目に落ちた。&br();&br();4年間の覚醒ののち12ヶ月間眠り続け、また4年間の覚醒。&br();クレバスから出られぬまま、同じサイクルを何百回か繰り返した。&br();もう、時間の感覚はなかった。&br();&br();山岳隊が覗き込む。&br();毛皮、藁や草を編んだものではない。&br();彼らが纏っている布が、物珍しかった。&br();誰かが「生きている」と叫んだ。&br();聞いたこともない言語。&br();Elle est en vie.&br();&br();生きている?&br();いま思うと、それは間違い。&br();&br();この時代でも『生』と『死』の境目は曖昧だった。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『共感性の発露』|「ジュマペール、ユウダイ・スギウラ。わかるかい? マイネームイズ、ユウダイ」&br();防護服ではない人は久しぶり。&br();初めて会ったとき、彼は青年だった。&br();もしかしたらと期待した。&br();もしかしたら、彼もわたしと同じ種かもしれない。&br();&br();スイスを出て、イタリアを周っていた頃。彼に一本の白髪を見つけた。&br();期待は打ち砕かれた。&br();ナポリからローマ。フィレンツェからミラノ。半島を北上する間、研究者たちはわたしを観察し続けた。&br();&br();スイスが『わたしの保有権』を放棄し、ドイツへ渡した。&br();ドイツは国際的研究機関を立ち上げ、全世界の限られた研究者たちに情報を開示した。&br();言葉を持たなかったわたしは、彼らが何をしているのか判らないまま。&br();彼らもまた、わたしの正体に見当すらつかないまま。&br();数年が経過していた。&br();&br();「ここは聖堂だ。カテドラル。神を讃えるための場所」&br();あれが神? 人間に見える。&br();「そしてここは礼拝堂。壁や天井に描かれているのは人類創生の場面だ」&br();そんなことよりもユウダイ。白髪が一本、生えているわ。&br();指さしたけれど、彼は首を傾げるばかりだった。&br();鏡を見せなくてはと思った。&br();&br();「ああ、白髪。それを伝えたかったのか」&br();どうして笑うの?&br();「老化現象だよ。君とは無縁のものだ」&br();なぜ無縁なの?&br();「君はトクベツだからね。でも一緒に旅をしてみて、君の心は我々と通じていると感じたんだ。肉体だけでなく、心も探らねばならないね」&br();心?&br();&br();「鏡を見せなくては、僕に白髪を認知させることはできない。そうやって君は、他者の認知過程を推測できた。共感性を持っているということだ。共感を積み重ねていけば、君の情緒は発達していくだろう」&br();&br();ドイツの研究者も、ユウダイの案に賛成した。&br();わたしの心を探るべきだ、と。&br();&br();日本に移されたとき、ユウダイはもう青年ではなくなっていた。&br();「同じ年頃の友達をつくらなくちゃね」|
|~MEMORY.3&br();『水平線の彼方』|死は平等。&br();&br();人間は制限を作るのが好き。&br();生きているうちに『絶対にしないこと』を決めている。&br();たとえば『殺さない』『奪わない』『裸で街を歩かない』。&br();だけど、『死ぬこと』だけは『する』。&br();経年劣化を重ね、100年もしないうちに死んでしまう人間が多い。&br();&br();星も代謝と変容ののち、いつしか燃え尽きる。&br();『環境に適応して生物は進化を遂げた』&br();人間はそう考えているようだけど、種の存続のために適応力を身につけることが『進化』であるとは思えない。&br();&br();生まれて15年間で、彼女たちには大きな個体差が生じている。&br();先天的か後天的かは判らない。&br();&br();あの子たち7人は、まるで役割を分担しているかのよう。&br();見ていて面白い。&br();ユウダイが言った。&br();「なにものでもない、普通の少女として過ごしてごらん」&br();でも、わたしはトクベツなんでしょう?&br();&br();体育祭という催しの練習中、ドリスが転んだ。&br();膝に血が滲んでいた。&br();「いつになったら治るの?」&br();「すぐには治らないよ。痕になるかもしれないね」&br();コニが教えてくれた。&br();実際に、その傷は2週間くらい消えなかった。&br();&br();仲間を見つけたと思ったのに、やっぱり違った。&br();わたしが怪我をしたところを見たら、みんなは驚くだろう。&br();そのときに備えて、「トクベツ」ということを伝え続けることにした。&br();&br();沖縄の砂浜で、コニは言った。&br();「終わらないものがある」と。&br();でも、彼女は『終わり』に向かっている。&br();一分一秒、死へと向かっている。&br();&br();彼女は、太陽が永遠だと思っている。&br();昇り、沈み、また昇るのだと信じている。&br();&br();本当の意味で太陽が『沈む』としたら、誰がそれを見届けるのだろう?&br();それを目にする者がいなかったとしたら、太陽は永遠かもしれない。&br();&br();あなたが見届けられないものすべてが、終わるし、終わらない。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.4&br();『?』|そのとき、わたしが考えていたこと。&br();はっきりと思い出せない。&br();&br();初めての感情。衝動。&br();なにかに操られているようだった。&br();想像より、力が必要だった。&br();想像より、それらの肉体は頑丈だった。&br();&br();わたしは、こんなことを望んでいたの?&br();&br();取るに足らない出来事。&br();すぐに忘れてしまうだろう。&br();彼女たちは特別ではないから。&br();それなのに、涙がとまらない。&br();&br();これでは普通の人間と変わらない。&br();愚か。孤独。感情的で罪深い。&br();&br();悲しみや後悔というもの。&br();知りたくなかった。&br();依頼心や親愛というもの。&br();知りたくなかった。&br();&br();早く眠りたい。&br();いつまでも眠り続けたい。|
|~MEMORY.5&br();『終わらない夢』|「心の準備はできたかい?」&br();無数のチューブに繋がれているわたしに、ユウダイが尋ねた。&br();「これから12カ月間、君は眠り続ける。だけど向こう側で会える。安心して欲しい」&br();4年ごとの、休眠期間が訪れた。&br();&br();長い4年間だった。&br();研究所の外で多くを学んだ。&br();彼らは略奪をする。&br();彼らは戦争をする。&br();彼らは殺戮をする。&br();彼女たちは消えた。&br();&br();「僕と、彼女たちと。セブンスコードで過ごすだけだ。怖がらなくていい。彼女たちは、こちら側のことを何も憶えていない」&br();「なにも? コニは?」&br();「もう一年が経ったからね。コニは承諾してくれたよ。君との面会を」&br();「憶えているのに承諾したのね。コニはわたしを許したということ?」&br();ユウダイは悲しそうな顔をしただけで、返事をしなかった。&br();&br();セブンスコード。&br();世捨て人の魂が集う『理想郷』。&br();わたしは、彼女たちのステージを眺め続けた。&br();この一年間、高い塔の上から見守った。&br();&br();休眠期間中はログアウトができなくなる。&br();この街に、わたしは縛られる。&br();コニに避けられたなら、辛い12カ月間になるだろう。&br();&br();……?&br();違う。この子はコニじゃない。&br();彼女たちも、ぜんぜん違う。誰なの?&br();&br();……そう。趣旨は理解したわ。&br();ユウダイは、このことを知っているの?&br();&br();きっと、わかってくれるわね。&br();わたしには必要なことだもの。&br();疑似裁判のようなもの。審判を繰り返し、人の罪を炙り出す。&br();『もうひとりのわたし』を創り、裁く。&br();&br();セブンスコードがある限り、誰もが終わらない夢に囚われる。&br();&br();ぜんぶ夢。&br();はじめから、ぜんぶ。|


** 乾松太郎 MATSUTARO.INUI [#matsutaro]
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|~MEMORY.1&br();『マッツンの味わいブログ☆みそやの絶品鶏塩ラーメン1』|どーも! マッツンです(σ'∀`)σ&br();前回に引き続き、今回もラーメン!&br();さっそく食レポいっちゃいますよ~♪&br();&br();ラーメン通の方々にしてみれば、前回のマッツンレポなど取るに足らない駄文だったかもしれません……w&br();だがッ☆今回の『みそや』はフツーのラーメン屋さんとは一線を画したお店なんですよ!&br();まず、『みそや』なのに『鶏塩』? ってとこが気になりますよネ!&br();メニューを見てみると、ムムッ?&br();ぜんぶ塩ッ(*°∀°*)&br();&br();ご存知のとおり、ここセブンスコードでは、風味・食感・温度などの知覚情報がイカに綿密にプログラミングされているかが命なのですがッ。&br();『みそや』さん、繊細!!&br();塩だけでも、岩塩 or 海塩と、甘みの違いを表現しています。&br();さらに麺も、手打ちの中太ストレート麺、全粒粉入りの細麺、そして米粉平麺まで選べるんですッ!&br();(」°ロ°)」オーマイガー!!&br();&br();今回はマッツンオススメの組み合わせをご紹介☆&br();海塩+鶏チャーシュー+味玉+米粉平麺&br();に! パクチーをトッピング!!!&br();&br();注文から5秒くらいでアツアツが出てきます♪&br();他店と同じく無人店舗ですが、あったか~いスープが心にシみる~!&br();鶏ガラベースが甘みのある海塩とマッチしています!&br();ツルッツルの米粉麺は、ちゅるちゅる感まで忠実に再現。&br();モヤシに青ネギ、追加のパクチーもシャキシャキ!&br();コイツはかーなーりー高難度なプログラミングだったと思います!&br();&br();途中で柚子こしょうをひとさじ加えると、また爽やかな風味でグイグイとスープの最後の一滴までイケちゃいますよ~☆&br();&br();次回も『みそや』の情報をお届けしちゃいますッ(*'∀`*)ゞ&br();&br();リブログ : 2 コメント : 4 いいね! : 1&br();&br();コメント&br();4: 『糞レポ乙www』&br();じゃんがりあん 2052-03-20 13:06:30&br();&br();3: 『みそや誰でも知ってる。つまらん』&br();きゃんべる 2052-03-20 11:42:20|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『マッツンの味わいブログ☆みそやの絶品鶏塩ラーメン2』|どーも! マッツンです(σ'∀`)σ&br();今回は『みそや』の周辺情報をお届け!&br();&br();ラーメン通の方々ならご存知かもしれませんが、『みそや』はとっても怖い界隈に位置しています……。&br();店内にもコワモテなお兄さん多数!&br();&#x28;&#x28;&#x28;>д<)))オーマイガー!!&br();&br();この店は賭場『黒色曲馬団(クロカゲ)』から徒歩5分なんです!&br();賭場の人たちはガラが悪いので鶏ガラスープも大好物? なんちて~ww&br();……マジメなハナシ、賭場の人たちとは関わり合いにならないほうがいいですよ!&br();『みそや』唯一の難点(´'-ω-`)&br();&br();実はマッツン、運営に近い立場で働いていマス。たまに仕事でクロカゲに行かなきゃいけないんですが、そういうときは一人で『みそや』に逃げ込むことにしてるんです。。。&br();(同僚スマン!)&br();捕縛状態になってからはホントに荒んじゃってて、昼間からガクブル。以前は夜間を避けて通ってたんですが。みんな体内時計が狂っちゃってますよネー。&br();&br();もうひとつの問題点が、親が良かれと思ってやってること!&br();どーやら捕縛後、リアルのマッツンは栄養満点の輸液を受けているようなんです。おなかがすかないー!!&br();ヾ(TДT)ノ゙&br();&br();だけどマッツン、くじけないからねww&br();次回は『山葵庵』の食レポをお届けしちゃいますッ(* '∀`*)ゞ&br();&br();リブログ : 4 コメント : 7 いいね! : 2&br();&br();コメント&br();7: 『こいつがそーとなら絶望的。仕事しろw』&br();ごーるでんはみゅ 2052-03-22 01:52:15&br();&br();6: 『運営に近いってSOATってコト??』&br();ろぼろふすきー 2052-03-22 01:36:41&br();&br();5: 『こいつが書いてることに興味が持てないのだが』&br();じゃんがりあん 2052-03-22 01:12:48|
|~MEMORY.3&br();『マッツンの味わいブログ☆俺たちのイタリアン』|どーも! マッツンです(σ'∀`)σ&br();今回は『俺たちのイタリアン』のボンゴレビアンコ!&br();&br();山葵庵のレポを楽しみにしていた皆さん、ごめんなさい!&br();m(_ _)m&br();死後との都合で記事を入れ替えました☆&br();このところとっても忙しいんです。。。&br();&br();こちらのお店は、ハルツィナドーム内のフードコートにあります。&br();当たり前かもしれませんが、アイドルオタクの皆さんでごったがえしています。&br();ハルツィナメンバーのオリジナルメニューもご覧の通りのラインナップ♪&br();&br();ヘッダ様=『ツンデレ好みのカルボナーラ』&br();アリセたん=『一途なハートのイカスミリゾット』&br();ゲルタん=『お口で燃えるアラビアータ』&br();ファニくん=『ボイッシュ・ポルチーニリゾット』&br();エルケ様=『背徳のジェノベーゼ』&br();コニさん=『禁断おフェアリー・プッタネスカ』&br();どれも大変に美味です☆&br();ヾ(*'∀`*)ノ゙オーマイガー!!&br();&br();だがッ! ここはあえてのボンゴレビランコをチョイス!&br();&br();アサリがごろごろす!&br();おなかはすかないけど、無限に食べられそう~ww&br();イタリアンパセリの風味とアサリの旨味が絶妙にマッチン。&br();(*´σ3`)σ&br();&br();調子に乗ったもんで胸焼けがおさまりません。&br();マッツン、くじけないからねッww&br();次回こそ『山葵庵』の食レポをお届けますっ(*ʹ㱼`*)ゞ&br();&br();リブログ : 6 コメント : 6 いいね! : 1&br();&br();コメント&br();6: 『117回を繰り返してるな』&br();ごーるでんはみゅ 2052-04-18 23:31:11&br();&br();5: 『誤字脱字が多い』&br();じゃんがりあん 2052-04-18 23:24:55&br();&br();4: 『ドリスさんのメニューが抜けてる……』&br();ろぼろふすきー 2052-04-18 23:11:34|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.4&br();『マッツンの味わいブログ☆山葵庵の海鮮丼』|どーもマッツンす(*'σ3`)σ&br();今回知られざる名店山葵庵の海鮮dおん」ええす!&br();&br();海沿いに位置する山葵庵は当然オーシャビュー!&br();デートにみってこいですよね♪&br();意外にも(?)マツンはひとりみで妄想しかできません。。&br();&br();今日もひとりで海鮮丼をオーダ丼の蓋をあけるとおー&br();まさに宝石箱やー!!!!!&br();&br();つやっつやのイクラがこぼれんばかりしんせんなうニやらとろらエビが踊り&br();出しそうこないだきたときはトロの味がしるの味でば&br();bグかなと思った_&br();&br();トビッコが馬ですよね!&br();ひとり忘れた&br();&br();味覚のバグはこのところひんぱ発生してますみなさんあ大将できます?&br();おいしいものを食べる暮らしか楽しみない。」海には子供の頃以来です&br();海の家には焼きそんばすなつかし/&br();&br();マツん。くじけないからねq&br();&br();リブログ : 9 コメント : 31 いいね! : 27&br();&br();コメント&br();31: 『壊れた?』&br();phodopus_003 2052-05-02 03:17:52&br();&br();30: 『つっこむとこそこじゃない。真剣にヤバイと思う』&br();ろぼろあすきー 2052-05-02 02:59:01&br();&br();29: 『知られざるwww』&br();きゃんべる 2052-05-02 02:57:32|
|~MEMORY.5&br();『マッツンの味わいブログ☆はらへr』|domolmaつんせす&br();¥そあtl&br();&br();&br();&br();せふんぢこ^どのこーどええ3できた&br();はらあへりのじ¥たべた&br();どりしう 某所&br();&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;のl あ おおたけ」かれOp@か54ー&br();&br();ky7ううしゅい坊初期どりうす&br();まつjbkじゅけないかたね&br();&br();リブログ : 33 コメント : 78 いいね! : 52&br();&br();コメント&br();78: 『SOATだとしたら納得。興味深いな。おおたけって人名? SOAT?』&br();homestru4421 2052-05-17 14:25:13&br();&br();77: 『俺が思うに、こいつがなにを食べたかは問題じゃない。dc発動以来こういう奴は大勢見てきたが異常すぎる。本当にSOATなら最前線で攻撃を受けたはず』&br();じゃんがりあん 2052-05-17 14:24:51&br();&br();76: 『どれも不正解w 食中毒じゃね?』&br();homestru4421 2052-05-17 14:24:01|

** 楢橋翔 KAKERU.NARAHASHI [#narahashi]
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|~MEMORY.1&br();『ジャッジメントデイ』|眠らぬ街、セブンスコード。&br();廃線間近の地下鉄は、運行本数を減らしていた。&br();深夜ということもあり乗客の姿もない。&br();&br();ここに都市伝説のひとつを記す。&br();午前2時に、7駅のうちのひとつ、イクリプスガーデンが消える。&br();&br();黒装束がひとりまたひとりと線路に降りる。&br();砂利を蹴って、狼の群れのように闇を駆ける。&br();三伹路まで200m。最後の一人がポイントを切り替える。こうして列車はイクリプスガーデンを通ることなく、その次の駅へ進むこととなる。&br();&br();構内は既に、別働隊によって封鎖されている。&br();この間、わずが4分。数秒たがえば、一団は轢死を免れない。&br();命がけで挑むは、闇の儀式である。&br();&br();この仮想空間において肉体の穢れなき純然たる魂となりき我々は、その美醜を見極めねばならない。&br();真に無垢であると認められた者だけが『楽園の狩猟者』として矢を番えるのだ。&br();&br();今宵の贄が、明日の友となろうか?&br();煮え滾るかのように『審判の佂』が口を開け、焔々と呟く構内を照らす。&br();「ネイルズ、この者の指を切り裂け」&br();贄たる者は、その紅蓮の一滴を佂に捧げた。&br();こうして、彼の閲覧履歴、購入履歴、SNSの一投稿までもが審判にかけられる。&br();&br();「合格や。今日から君は『スネイクスオブエデン』の一員やで」|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『ファイナルトライアル』|スネイクスオブエデン。&br();楽園の蛇は四肢を持つという。禁断の果実が、その枝にあるうちは。&br();&br();我々に新しい蛇が加わったことをインフィニティメサイアに伝えねばならない。彼はスネイクスオブエデンを統べる者。絶対的支配者である。&br();結果、ファイナルトライアルを経てジャスティスガーディアンに相応しい蛇か、見極めることとなった。&br();&br();トライアルは至極単純である。&br();蛇がイクリプスガーデン駅周辺に隠されたエターナルインフェルノをバニッシュさせ、今度はインフィニティメサイアに捜させる。&br();インフニティメサイアイがエターナルインフェルノを12時間以内にシェイキットアップできなければ、蛇はジャスティスガーディアンのインサイドに就くことができるのだ。&br();スネイクスオブエデンにおいて、これほど名誉なことはない。&br();&br();だが、ファイナルトライアル中にイクリプスガーデン広場のフォービドンアップルがドロップした場合に限り、蛇は粛清の対象となってしまう。&br();苛烈なトライアルとなるだろう。&br();ニューフェイスの蛇は、果敢にもトライアルとフェイストゥーフェイスした。&br();&br();この結末を、誰が予想しただろう?&br();&br();蛇の命運やいかに……。&br();事の顛末は、また次の機会に記す。|
|~MEMORY.3&br();『エスケープフロムエデン』|「なにしとんねん、クスノセくんッ!」&br();伝令からもたらされた衝撃の一報。&br();駆けつけてみると、誰あろうSOAT隊員である楠瀬己架がフォービドンアップルとマウストゥーマウスしていたのだ。&br();&br();この事実を、インフィニティメサイアに告げねばならない。&br();「ドロップしたんちゃいます! もがれてしもたんです!」&br();彼の返答は簡潔だった。&br();「結果オーライなんで粛清ヨロシクです」&br();&br();輝かしい未来が待ち受けていたであろうニューフェイス。&br();SOATの柊隊長は、ディメンションの狭間に葬られることとなった。&br();「隊長にピースフルソウルのあらんことを」&br();それが、精一杯の餞の言葉であった。&br();&br();蛇たちの四肢はフォービドンアップル同様にもがれてしまったのだろうか。&br();突然の失踪事件にSOATは特捜班を設置。多くの蛇が人員に割かれ、我々の崇高なる活動は制限されてしまった。&br();もはや、地をのたうつばかりである。&br();&br();抜け駆けなしの運命共同体、純潔なる者たちの最後の希望……&br();出会い系サークル『スネイクスオブエデン』も斜陽の刻。&br();蛇の一人が言った。&br();―― モテ系にインサイドしないとフォーエバードロップアウトじゃないっすか、と。&br();&br();こうして僕らはモテ系にインサイドすべく、サークル活動をやめた。|

** 大竹春樹 HARUKI.OTAKE [#otake]
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|~MEMORY.1&br();『シークレットサークル ~暗雲』|その夜、僕は所在なくSOATのデータベースを覗いていた。&br();&br();D.C.システムのせいで、セブンスコードは荒廃している。多忙だが、疲労より緊張が勝り、不眠症になってしまった。&br();退屈な事件簿の数々を読みあさり、ようやく眠気を覚えつつあった脳。&br();それが一気に覚醒する。&br();&br();2049年。3年前のファイル。&br();伴がかけられていたが、解析によるとパスワードは『eden』であると判った。&br();開いてみると、ところどころデータが破損している。&br();そのうちに『柊』 『粛清』の文字が現れた……!&br();&br();『柊 龍之進隊長 失踪事件』は、SOAT入隊一年目の僕でさえ知る、世紀の未解決事件だ。&br();殻もIDも消失し、リアルの彼は未だ最小意識状態。&br();&br();もしも彼が、SOAT内で粛清されたのだとしたら?&br();だとしたら、なぜ?&br();このファイルに真相が記されているのか?&br();&br();読みとれるのはイ●リプ●ガーデ●。これは地名だ。&br();当時運行していたチューブの駅を指すらしい。&br();人名として浮かび上がるのは●●己架。&br();&br();調べたところ、3年前に楠瀬己架なる人物が除隊している。&br();当時の相棒である栃原は、現在もSOATに在籍中だ。&br();&br();そのとき――&br();「熱っ!」&br();僕のレンズ型の端末が、発熱し始めた。&br();慌てて取り外したそれは、泡立ち、消滅した。&br();何者かが、遠隔操作したのか?|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.2&br();『シークレットサークル ~驟雨』|「なるほど。興味深いね」&br();柏木はオカルトに詳しい。SOAT内で最も親しい友でもある。&br();念の為、単独行動は控えることにした。&br();ふたりで楠瀬の元相棒・栃原を訪ねる。&br();&br();栃原英光は首を捻る。&br();「ミカが事件に関係しているとは思えないわ」&br();「どうして言いきれるんです?」&br();「あの頃、ミカは欠勤が多くて。隊長とは接点がなかったの」&br();欠勤? なんのために?&br();「どうやらクロカゲと通じいてたらしいのよ」&br();&br();『eden』のバックアップをとっておいて正解だった。&br();「まずはコレを読み解くことだね」&br();「あたし、わかる」唐突に栃原が言う。&br();「3年前まで秘密のサークルがあったの。コレはきっと、その活動記録よ」&br();&br();柊隊長はサークルの儀式に参加し、粛清された。&br();そして、粛清を指示したとみられる人物のコードネームは……&br();イン●●ティ●●イ●イ&br();「もしかして、植能の名前じゃない?」柏木が言う。&br();「インテスティンの、イヌイ」&br();乾? 僕の相棒の乾 松太郎?&br();「いや、そんなわけ……」&br();&br();轟音。暗転。雷が、SOATの寮を直撃した。激しい雨音に包まれる&br();「セブンスコードに雨? はじめてだぞ」&br();&br();そのとき、異次元の扉が開いた。&br();僕らの眼前に光の渦が出現する。&br();近づいてくる、人影。&br();&br();「あなたは……。そんな、まさか……!」|
|~MEMORY.3&br();『シークレットサークル ~帰還』|『スパイシーオブエデンが隠されたバターナンインドグルメをマラケシュさせ、インド風のティーサイコに食べさせる。チャイティーガーリック味のインドの茶を飲むことができる。ハニーが、オンアップル』&br();&br();ファイルを解読の末、すべてがインドカレーを暗示していると考えていた。&br();しかしマラケシュはトルコの地名だった。&br();そもそも、もはや解読の必要すらない。&br();&br();光の渦から現れた、その人物は――&br();「ここは、セブンスコード……なのか?」&br();彼は辺りを見回すや、怪伬に僕らを眺めた。&br();「柊隊長!」&br();栃原が膝から崩れ落ちる。&br();僕と柏木は顔を見合わせ、誰かが話し出すのを待った。&br();&br();「このゲートが開いたということは、大変なことが起きるぞ」&br();&br();すっかり顔色を失った柊は、自らの言葉を打ち消す。&br();「いや、ありえない! 私は手を打った。この危機を、回避するために……」&br();「危機? どういうことですか?」&br();「ともかく、すぐにクロカゲに向かわねばならない。とめなくては……。セブンスコードの、終焉を」&br();「終焉?」&br();真実だとすれば一刻を争う。&br();&br();クロカゲ。そこは僕が最も恐怖する場所だ。&br();つい先日、警ら中のこと。僕は相棒の乾とはぐれ、ひとりクロカゲへ足を踏み入れた。&br();気づけば、博徒に取り囲まれ、容赦なく袋叩きにされたのだ。&br();「僕は行けません。クロカゲへは、とても」&br();「どうして? あなたが柊隊長を見つけ出したようなものなのに」&br();「ムリです」&br();栃原と柏木が、落胆と哀れみの眼差しをよこした。&br();「いいわ。あたしたちだけで行きましょう」&br();&br();臆病者。それで構わない。&br();震える拳を握り、僕は3人の後ろ姿を見送った。|
|TRSTYLE(stripe_even):~MEMORY.4&br();『シークレットサークル ~危機』|寮の自室で、僕はうつぶせていた。&br();枕には負け犬の匂いが染みついていた。&br();&br();無線機から、微かに話し声が聞かれる。柏木だ。『気が変わったなら追いついてくれよ』と、柊の言葉を送ってくれている。&br();&br();……「とあるサークルの入団試験に落ちた私は、粛清と称される処分を受けた。その実、異空間『エイスコード』への転送だ。そこは、セブンスコードを模して造られた都市。エミュレートシティだった」……&br();&br();エイス。8番目、ということか?&br();&br();……「そこは、然る高名な教授がセブンスコードの脆弱性を実証するために作ったのだそうだ。『エイス』の住人はAIのみ。この3年間、テストの度に都市は破綻と再生を繰り返した。私の使命は、その過程を観察し、報告することだった。&br();しかし、半年が経過しようというときに通信手段を失ってしまったのだ」&br();&br();まるで宇宙犬のように、柊は異空間を漂っていたのだ。&br();その不安や孤独を思うと、いたたまれない。&br();&br();……「ようやく掴んだ情報を、伝えることができなかった。&br();『エイス』のAIの司令塔が、クロカゲにあること。その目的が、セブンスコードへの侵攻であることを」&br();&br();「もう間もなく、AIの叛乱が始まるぞ」&br();&br();そこで、通信が途切れた。&br();時を同じくして、僕の相棒である乾が失踪したと連絡が入った。&br();度々姿を消す相棒ではあるが、もしかしたら無関係とは言えないのかもしれない。&br();&br();鏡のなかの自分に問いかける。&br();「おまえは、友達や相棒を見殺しにできるほど自分が可愛いのか?&br();……いや。こんな臆病者の自分を、許せるわけがないだろう?」&br();&br();覚悟は決まった。&br();僕は、クロカゲへと走った。|
|~MEMORY.5&br();『シークレットサークル ~真相』|人間の運命とは、数奇なものだ。&br();一歩間違えれば、善にも悪にもなる。&br();&br();クロカゲに到着した僕は、重く軋む鉄扉を開いた。&br();「なんてことだ……」&br();内部に、横たわる栃原と柏木の姿がある。&br();「罠よ…… 逃げて!」&br();栃原の警告は遅きに失していた。&br();&br();四方八方からステージにスポットライトが当てられる。&br();光が交差した中心に、柊がいた。&br();「来たね、大竹君。恐怖心を克服したようで、なによりだ」&br();「なにをするつもりですか」&br();「残念ながら、私は柊 龍之進ではない。彼を模して作られたAIに過ぎないのだよ。そして私は……インフィニティメサイアの忠実なる僕」&br();ファイルにあったイン●●ティ●●イ●イか?&br();&br();柊は両の掌で天を仰ぎ、鳴り響くドラムロールに乗せて叫んだ。&br();「さあ、とこしえの救済者。インフィニティメサイアを迎えようではないか!」&br();荘厳なゴンドラに乗り、遂にインフィニティメサイアが降臨した。その正体は――&br();「い、乾……ッ!」&br();乾 松太郎。僕の、相棒。&br();「知ってしまったな、大竹よ。我こそがエイスAIを率いる将。いまこそ、セブンスコードを屈服させる刻が来た。我が兵士たち、進軍せよ!」&br();逆巻く波濤のごとく、そのゲートが開いた。&br();僕が、このセブンスコードを守る。考えてもみなかったことだった。&br();だが、いまは……&br();「ヘアーズ、対象を“絞扼”だッ!」&br();……この使命を、遂げる。&br();&br();人間の運命とは、数奇なものだ。&br();一歩間違えれば、善にも悪にもなる。&br();&br();「あの、大竹さん」&br();榊 リアが、僕を揺り起こす。&br();「ああ、『シックスコード』をお楽しみだったのですね。確か、セブンスコードのベータ版としてリリースされたんですよね」&br();VRゴーグルを外し、僕は現実に引き戻された。&br();いや、ここもVRだったっけ。&br();「このところ、乾さんのお姿が見えないのですが」&br();「あ、じゃあ、捜さないとね……」&br();&br();AIを率いていなければいいのだが。&br();クロカゲは、捜索範囲から外そう。|

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